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郭貴勲裁判 高裁

  2002年2月4日準備書面


第1 控訴人の「被爆者援護法の給付体系について」の主張の誤り 3
 1 各種手当と医療給付との関係について 3
  (1) 医療特別手当受給者についての医療にかかる法律上の規定 3
  (2) 保健手当受給権者についての医療にかかる法律上の規定 3
  (3) 医療が前提になっていない手当の存在 3
  (4) 健康管理手当受給者についての医療にかかる法律上の規定 4
   @ 健康管理手当支給の基本構造 4
   A 健康管理手当の受給者には,健康状態の報告義務がない 4
   B まとめ 4
  (5) 健康管理手当が医療給付を前提としないことを示す行政実務 5
 2 健康管理手当の支給だけでも被爆者援護に大きな意味がある 5
第2 厚生労働省が企図する法令の改変は控訴人の主張と矛盾している 6
  (1) 厚生労働省は,政令・省令を改変しようとしている。 6
  (2) 従前,控訴人はどのような主張をしていたか 6
   @ 被爆者の出国の事実を確認していると主張していた 6
   A 再入国時の新たな手帳交付が法律の当然の前提と主張していた 6
  (3) 従前の控訴人の主張とどう矛盾するか 7
   @ 「出国」を把握できないことを自白している 7
   A 「地位」を喪失せず再交付も不要であると認めた 7
  (4) 従来の主張も新たな法令も何れも誤っている 7
   @ 地位が喪失しないなら手当を打ち切れない 7
   A 厚生労働大臣も従来の主張と矛盾する記者発表をした 8
第3 控訴人の主張は憲法14条に違反している 9
 1 控訴人の主張 9
 2 他の戦争被害者との均衡をいう誤り 10
 3 問われているのは誰と誰の差別(区別)か 10
 4 「被爆者」は出国しても日本社会とのかかわりがある  10
 5 日本社会の構成員とは誰か(社会構成員=居住者=納税者という虚偽) 11
  (1) 控訴人は誰が「日本社会の構成員」か言うことができない 11
  (2) 納税は被爆者の要件ではない 11
  (3) 「居住」と納税は結びつかない 11
  (4) 「居住」がなくとも選挙権さえ認められている 12
 6 違憲の不合理な差別の例 12
第4 長崎地裁も控訴人の主張を排斥した 13
 1 長崎地裁判決の措定した争点 13
 2 立法趣旨 14
  ア  14
  イ 法的性格 14
  ウ 立法者意思 15
 3 給付内容 15
 4 手続規定 15
 5 結論 16



第5 最高裁は純粋の社会保障立法においても行政庁の広汎な裁量を否定した 17
 1 児童扶養手当資格喪失処分取消請求事件最高裁判決 17
 2 上記最高裁判決は本件控訴人の主張をも退けている 17

第1 控訴人の「被爆者援護法の給付体系について」の主張の誤り
1 各種手当と医療給付との関係について
(1) 医療特別手当受給者についての医療にかかる法律上の規定
 医療特別手当は,援護法11条のいわゆる原爆症認定がなされた被爆者で,かつ,「当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるもの」に対して支給される。ところで,法11条の認定を受けた被爆者は,「原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は,疾病にかかり,現に医療を要する状態にある」ときに「必要な医療の給付」を受けることができるものとされている。そうすると,医療特別手当を受給する被爆者の場合には,法11条の認定が前提になっているという点から,「現に医療を要する状態にある」と言え,その意味では,医療給付が必然的に予定されているといえる。しかし,この場合であっても,医療特別手当受給権者は,3年ごとに医療特別手当健康状況届(規則,様式12号)を行うことが規定されているにすぎない(規則32条)。
(2) 保健手当受給権者についての医療にかかる法律上の規定
 保健手当は,2キロ以内で被爆した被爆者で,健康管理手当等の給付を受けていない者に対し支給される。この保健手当の支給は,医療の給付とは無関係になされる。
 ただ,保健手当受給権者の内,法28条3項但し書きの規定により,一定の健康状態のために健康管理手当受給権者と同額の手当を受給している者については,医療の受給ではなく,規則60条で毎年1回保険手当現況届(規則,様式25号)の提出が義務付けられている。しかし,同条2項は,法28条3項1号に該当する旨の認定を受け,かつ,その身体上の障害が固定していると知事等が認めたときには,現況届の提出が不要とされている。
(3) 医療が前提になっていない手当の存在
 原爆小頭症手当,特別葬祭金の支給について,これまでにも述べてきたとおり,医療給付とは無関係に支給されるものである。
(4) 健康管理手当受給者についての医療にかかる法律上の規定
@ 健康管理手当支給の基本構造
 健康管理手当は,指定病院等の医師の診断書(規則,様式19号)で,同手当の支給の対象となる障害(造血機能障害など,規則51条1号ないし11号)が存在する旨の診断がなされれば,そのことにより,その期間についての健康管理手当が支給される取り扱いになっている。
A 健康管理手当の受給者には,健康状態の報告義務がない
 健康管理手当について,規則54条では,医療特別手当にかかる規則を準用しているが,その中で,医療特別手当受給権者は,3年ごとに健康状況届を提出しなければならない旨を規定する規則32条を準用していない。
 また,健康管理手当の受給者は,一旦,医師から診断を受けた以上,診断書に健康管理に必要な期間とされる手当受給期間が経過する以前には,そのような報告をする必要も一切ない。
 これらの規定からは,健康管理手当が支給開始の時点での指定病院の医師の診断(障害をともなう疾病の継続期間)があれば,その後,医師の診断した期間については,何ら健康状態についての現状報告をすることなく,健康管理手当の受給が可能な構造になっている。
B まとめ
 健康管理手当を受給しうる要件が喪失したとき(法27条5項括弧書き)には,その受給が停止することが規定されているが,医療給付を受けていないことを理由に受給が停止されるわけではない。すなわち,医療給付受給していないことから,障害をともなう疾病が治癒したものとみなされるわけではない。
 そして,健康管理手当受給者の場合は,当該手当が支給される期間について,医療給付を継続的受給しなければ,受給しないという事実により,当該手当の支給が打ち切られるという規定は存在しない。
 よって,被爆者援護法の規定は,健康管理手当が,継続して医療の給付を受けることを前提とする手当では決してないことを示している。
 したがって,被控訴人ら主張するような意味で,医療が前提になっている手当は,医療特別手当のみである。
(5) 健康管理手当が医療給付を前提としないことを示す行政実務
 健康管理手当の受給申請書に添付する医師の診断書の取り扱いは,健康管理手当が医療給付を前提としないものであることを端的に示している。
 また,健康管理手当受給の申請のための医師の診断書について,韓国に居住する被爆者が短期滞在者として,日本に入国し,健康管理手当受給申請をする際に,従前には,先行する健康管理手当を受給していたところ,手当の受給期間内に日本を出国し,再び,その期間内に日本に入国して,健康管理手当の受給を再度申請する際に,改めて,医師の診断書を取ることを要求されていた。しかし,長崎市,長崎県では,かなり前から,広島県では,1995年ころから,広島市では,2000年10月ころから,先行する健康管理手当を本来受給しえた期間内に再度健康管理手当の受給申請するときには,改めて,医師の診断書を提出することなく,従前の診断書を援用して,健康管理手当の受給申請ができる取り扱いになっている。
 この行政実務は,健康管理手当の受給が指定病院の医師の診断書に依拠するものであることを示しており,医療の給付が健康管理手当の受給の前提となるものでないことは明らかというべきである。
2 健康管理手当の支給だけでも被爆者援護に大きな意味がある
 被控訴人らが主張するように,被爆者である以上,医療給付も受けることができれば望ましいに越したことはないが,医療給付を受給できなくても,健康管理手当の支給だけでも,被爆者の健康管理に意味がある。また,被控訴人ら主張のように,医療を受けるようにされるべきであるというのなら,労災保険の場合のように,労働災害を受けて,日本国内で労災認定を受けたのち,日本国を出国し,当該外国人の居住国で医療を受けた場合に,「やむを得ない事情により」医療の給付を受けられないときに,医療費の領収証を添えて労働基準監督署に送ることによっ て,医療費の支給を受ける方法がある。

第2 厚生労働省が企図する法令の改変は控訴人の主張と矛盾している
(1) 厚生労働省は,政令・省令を改変しようとしている。
 厚生労働省は,原判決を受けて設けられた検討会の報告をふまえて,被爆者援護法の法文は変更しないまま,政令・省令のみ改変することを決めた。
 その内容は,海外に居住する場合の届出規定の創設,手帳が国内のみ有効であることの明記等である。
(2) 従前,控訴人はどのような主張をしていたか
@ 被爆者の出国の事実を確認していると主張していた
原審において,被控訴人が「都道府県知事が被爆者の出国を確認することはできないはずであって,これらの確認方法を前提に実務を運用するならば,手当支給の取扱いにつき著しい不平等を招くことは不可避である」と主張したのに対して,控訴人は「様々な調査等により,被爆者の出国の事実を確認し,その事務の適正を期している」と主張していた(原審被告第九準備書面25頁)。
A 再入国時の新たな手帳交付が法律の当然の前提と主張していた
 また控訴人は,従前,「医療法は,被爆者が日本に居住も現在もしなくなった場合には『被爆者』たる地位を失い,当該被爆者が再度日本に居住又は現在するようになった場合には,当該被爆者からの申請に基づいて新たな被爆者健康手帳交付決定を行い,同法に基づく給付の受給資格を得ることを当然の前提としていると解するのが最も合理的」(控訴審第2準備書面6頁〜7頁)と主張していた。
(3) 従前の控訴人の主張とどう矛盾するか
@ 「出国」を把握できないことを自白している
 「海外に居住する場合」の届出規定創設が必要とされること自体,「(原審における被告主張の)様々な調査等により,被爆者の出国の事実を確認」するだけでは,被爆者の出国を確認することができないこと,すなわち,確認される被爆者と確認されない被爆者の間に看過し得ない不平等が生じることを示している。何よりも,今まで出国を把握できなかったことを,控訴人が認めているに等しい。
 なお,原審で,控訴人が確認できると主張していたのは「出国」であった。ところが,今回届出規定が創設されるのは「海外への居住」である。「海外への居住」の届出によっても,「出国」は把握できないし,そもそも「海外への居住」の有無自体,一義的には明確でないであろう。
A 「地位」を喪失せず再交付も不要であると認めた
 また,手帳が国内でのみ有効である(すなわち,いったん来日して取得した被爆者健康手帳があれば,再来日の度に手帳を取り直す必要はなくなる)との新たな取扱は,控訴人の従来の主張とは真っ向から相反する。
 本件訴訟においては,控訴人は,従前,一旦出国すれば「被爆者」たる地位自体を喪失するから,給付はできない,再度入国した場合には新たに手帳交付を受けて「被爆者」たる地位を取得しなければならないと主張していた。ところが,新たな取扱では,「手帳は取り直さなくてもよい」「地位は喪失しない」こととなったのである。
(4) 従来の主張も新たな法令も何れも誤っている
@ 地位が喪失しないなら手当を打ち切れない
 一旦出国すれば,「被爆者」たる地位を失うが故に給付ができないと,これまで控訴人は主張してきた。しかし,今次の法令の改変は,出国によっても「被爆者」たる地位は喪失しないことを前提としている。そして,それは,現行援護法の法律の文言を前提しているのである。
 現行援護法が,出国によって,「被爆者」たる地位を喪失させることなど求めていないことを,控訴人は認めたのである。すなわち,出国すれば給付ができないと主張してきた,その理由の根幹が失われた。「被爆者」たる地位が喪失しないことを認めながら,給付を拒否する理由は全くない。
A 厚生労働大臣も従来の主張と矛盾する記者発表をした
 上記法令の改変を発表するにあたって,厚生労働大臣は次のように述べた。
「(記者)
在外被爆者の方なんですが,資料の中に出ている,「手帳は国内のみ有効であることの明記」とあるのですが,これは在外被爆者の方の多くの方々がこだわる被爆者援護法の適用というのはもうこれはしないということなんでしょうか。
(大臣)
そこまで決めているわけではございません。手帳はちゃんと持っていていただきましょうと,そこはもう外国に戻られたらそれはもう全然何の用も立ちませんよということではなくて,被爆を受けられた方としての認定のために必要なものでございますから,そこは明確にしておきたい。そしてその皆さん方に対して今後どうするかということを,この第2弾として考えなきゃならないというふうに思いますが,そのことについての結論をこの予算の編成までに得ることは少し出来なかったということでございます。」
 この厚生労働大臣の発言も,控訴人の従来の主張と大きくかけ離れている。
 本件訴訟における控訴人の主張は,「被爆者援護法の給付体系(医療給付と各種手当支給との関係),立法者意思,被爆者が日本国内に居住又は現在していることを前提とする各種規定の存在,被爆者援護法の法的性格等からすると,被爆者援護法は,被爆者が日本国内に居住又は現在する限りにおいて,各種給付を行うことを当然の前提としているというべきであって,在外被爆者が同法の適用対象となっていると判示した原判決は,同法の法律解釈を誤っている」(控訴理由書32頁)というものであった。
 いったん出国すれば「被爆者」たる地位を失うと,被爆者援護法が解されると,控訴人は主張してきた。出国した後に給付を続けるかどうかについて,厚生労働大臣が「決める」あるいは「結論を出す」余地はないはずである。「今後どうするかを考えなきゃならない」という厚生労働大臣の発言自身が,「被爆者援護法は,被爆者が日本国内に居住又は現在する限りにおいて,各種給付を行うことを当然の前提としている」という控訴人の主張の誤りであることを示している。
 そもそも,本件訴訟は,「日本国内に居住も現在もしなくなることにより,『被爆者』たる地位を失うか」否かが争われている。この本件訴訟において,控訴人は「当然失うと解釈される」と主張している。
 訴訟においてこのような主張を行いながら,他方,厚生労働大臣は,その主張とは180度異なる解釈と取扱を決定している。このこと自体,控訴人の主張が,法文に反した恣意的な主張であり,かつ厚生労働省の取扱が,法律による行政の原理に悖る,許容し得ない恣意的な行政であることを示している。

第3 控訴人の主張は憲法14条に違反している
1 控訴人の主張
 控訴人の主張は,要旨@被爆者援護法に基づく給付が我が国社会の構成員の税負担を財源としている,A他の戦争被害者との均衡を考慮する必要がある,という2点の理由から,B「出国しても日本社会構成員である居住者と,出国すれば日本社会と何らのかかわりももたない現在者との間で,当該社会の構成員の税負担に依拠する健康保持施策の受給の可否が異なることは,極めて合理的な区別」と主張する(控訴理由書)34頁)。
2 他の戦争被害者との均衡をいう誤り
 本件では,いったん「被爆者」たる地位を取得した者のうち,日本に居住する者と現在しかしない者の差別が論じられている。被爆者と他の戦争被害者との差別の問題ではない。AはBの理由にはなりえない。
3 問われているのは誰と誰の差別(区別)か
 控訴人は,「居住地の有無を適用範囲を画する基準としている法令は他にも多数存在するのであって,このような区別が合理的であることは明白である」(控訴理由書35頁)と主張する。 控訴人のいう,「他にも多数存在」する法令は全て,明文で,権利の得喪の要件を定めている。援護法とこれらの法令を同一に並べることはできない。
 しかし,そもそも,本件で問われているのは,「居住地の有無で適用範囲を画する」区別が合理的かどうかということではない。
 被控訴人は,「被爆者たる地位」を取得した当時から,日本国内に居住地を有していない。控訴人の主張によれば,「日本社会の構成員」は出国によっても「被爆者たる地位」を失わないが,「日本社会の構成員」でなければ出国によって「被爆者たる地位」を失う。本件で合理的か否かが問われているのは,このような区別(差別)が合理的であるか否かである。
4 「被爆者」は出国しても日本社会とのかかわりがある 
 そもそも,控訴人は,居住のない現在者は日本社会の構成員ではないと主張するようである。
 では,日本社会の構成員ではない現在者が,「被爆者」として,諸手当の支給を受けることができるのはなぜか。控訴人の見解によっても,居住のない現在者に手当の受給を認めることは,日本社会の構成員以外に手当の受給を認めることを意味する。そうであるなら,その受給を出国によって打ち切ることにに合理性があるか。出国しようとしまいと,日本国において被爆し,一旦被爆者たる地位を取得したものは,何らかの意味で,「日本社会とのかかわり」を持つものである。「出国すれば日本社会と何らの関わりを持たない」などということはできない。
5 日本社会の構成員とは誰か(社会構成員=居住者=納税者という虚偽)
(1) 控訴人は誰が「日本社会の構成員」か言うことができない
 日本社会の構成員とは誰か,という被控訴人の求釈明に対して,控訴人は釈明することができなかった。
 しかし,上記@Bから,控訴人は,社会の構成員=居住者=納税者であると解しているようである。
(2) 納税は被爆者の要件ではない
 日本に「居住」する「被爆者」の内に,納税義務が果たせない状況で被爆者援護法の援護施策を受けている「被爆者」がいることは想像に難くない。少なくとも,「納税」が,「被爆者」の要件となっていないことは明らかである。
 従って,納税の有無をもって,「被爆者」たる地位の有無に関わらせようとする控訴人の主張には何の根拠もない。
(3) 「居住」と納税は結びつかない
 「海外に居住」する者でも,日本国内に不動産を有していれば,固定資産税を支払っている(後記広瀬等の例)。海外で日本企業に勤めている者は,企業を通じて日本に納税している。さらに,「海外に居住」する日本人が,居住国に収めている税金は,租税条約により日本に納めているものとみなされる(原審で証言した森田証人等の例)。
 「海外に居住」しているからといって,日本国に納税していないとはいえない。居住と納税を結びつける点でも控訴人の主張は誤っている。
(4) 「居住」がなくとも選挙権さえ認められている
 「海外に居住」する日本国籍を有する「被爆者」は日本の国政選挙権を有している。ところが,控訴人の主張によれば,日本国の国政選挙権を有する者であっても,「日本社会の構成員ではない」ということになる(森田証人の例)。国政選挙権を有する者さえ包含されないという,控訴人の「日本社会の構成員」という概念は,一体どのような意味内容を持つのであろうか。
6 違憲の不合理な差別の例
 控訴人の主張によれば,「日本社会の構成員」は出国しても手当が受給されるが,「日本社会の構成員」以外は出国すれば手当が受給されない。しかし,法律に何ら定めがなく,到底一義的に明確といえないような「社会構成員」なる概念によって,このような区別を許すなら,恣意と理由のない不平等は不可避である。
 原判決は,「日本に居住している被爆者が長期間海外旅行に行く場合と,短期間国外に住居を移す場合との間で不合理な区別をすることになる」(原判決38頁)と指摘した。現在,長崎地方裁判所に係属する原告廣瀬方人の例(甲101)は,まさにこのような例である。短期間の海外赴任に際して,たまたま転出届を出したために,健康管理手当を打ち切ることには,何の合理性もない(廣瀬は手当が打ち切られていた間,すなわち控訴人によれば「日本社会の構成員」でなかった間も固定資産税を支払い続けていた)。
 あるいは,控訴人は,「在外被爆者に対する医療給付は予定されていない」(控訴理由書10頁)などと主張して,「日本社会の構成員」は出国しても手当が受給されるが,「日本社会の構成員」以外は出国すれば手当が受給されないという,控訴人の主張の根拠とする。控訴人主張のように,医療給付の可否を根拠にするのであれば,「日本社会の構成員」であるか否かを問わず,一律に,出国により「被爆者たる地位」を喪失させるべきである。この点で,控訴人の主張には矛盾がある。
 しかしその点を措いても,与那国に住む「被爆者」とソウルや釜山に住む「被爆者」を比べれば,指定医療機関にかかるための困難さは,与那国居住者のほうがはるかに大きい。出国してソウルや釜山に移った「被爆者」に対して手当を打ち切る理由は,ないのである。

第4 長崎地裁も控訴人の主張を排斥した
 昨年12月26日,長崎地方裁判所は,一旦健康管理手当の受給権を取得した「被爆者」が,出国したために健康管理手当の支給を打ち切られた事案につき,被告の主張を排斥して,健康管理手当の支給を命じた。被告の主張は,本件における控訴人の主張と,当然ながら,全く同一であった。
 長崎地裁判決が,被告の主張を悉く排斥した内容は以下のとおりである。(以下,注記とある部分以外は全て判決の引用)
1 長崎地裁判決の措定した争点
 原告は健康管理手当の受給権を取得しているのであるから,被告らがその消滅事由を主張立証しない限り,原告による未支給の健康管理手当の支払請求は認められるところ,被告らは,上記受給権の消滅事由として,原告が日本を出国したことにより原爆医療法にいう『被爆者』の地位を失ったと主張するので,以下,この点について検討する。
2 立法趣旨
ア 
 原爆三法は,被爆者の健康上の障害が一般の戦争被害者と比較して特異かつ深刻なものであるとの認識のもとに制定されたものであって,その根底には国家補償的配慮があるものと解される(最高裁昭和53年3月30日判決・民集32巻2号435頁参照)。そして,原爆三法が,軍人軍属等の公務上の戦争被害に関する戦傷病者遺族等援護法(同法11条2号,3号,14条2号,24条等)及び戦傷病者特別援護法(同法4条3項,6条1項等)と異なり,あえて国籍要件を定めず,内外国人を問うことなく援護の対象者としたことも併せ考えると,原爆三法の解釈にあたっては,在外被爆者(注記 長崎地裁判決のいう「在外被爆者」とは,いったん被爆者たる地位を取得した後に,日本国内に居住も現在もしなくなった被爆者)のみに不利益となるような限定的な解釈はすべきでないと解する。
イ 法的性格
 非拠出制の社会保障法と一般的抽象的にいってみても,その内容が一義的にあきらかになるわけではなく,その適用対象については,それぞれの法令に応じて個別的に判断すべきものであって,原爆三法が非拠出制の社会保障法に属するとしても,そのことから直ちに,明文の規定がない限り在外被爆者には適用されないとの結論を導くことはできないし,また,一般の戦争被害者に対する対策との均衡の点についても,原爆三法が一般の戦争被害者と区別して特に被爆者を援護していることは上記ア(注記 立法趣旨の項)のとおりであるが,これが例外的な制度であるからといって,直ちに,これを在外被爆者に適用するためには明文の規定が必要であるとはいえない。むしろ,原爆三法は外国人被爆者にも適用されるのであるから,多くの外国人被爆者が含まれるであろう在外被爆者を運用除外とするなら,その旨が明文で規定されたはずとさえいうことができる。
ウ 立法者意思
 立法者意思という概念そのものがあいまいなものであることにかんがみると,法令の解釈にあたっては,まず,法の客観的な意味内容を理解するようにつとめることが基本であって,立法者意思はあくまで参考にとどまると解する。
・・・上記国会答弁は移動のない固定された居住状態を前提にしていたことがうかがわれ,日本国内に居住又は現在していた「被爆者」が日本国内に居住も現在もしなくなったときに,「被爆者」たる地位が失われるか否かという問題については全く念頭になかったものと考えられる。
3 給付内容
 在外被爆者は,原爆医療法上,実際には医療給付を受けることはできないのであるが,再度入国すればこれが可能になるのであるから,同法が在外被爆者には適用しないとの立法政策をとったと断定するまでの根拠は乏しい。また,原爆二法又は被爆者援護法の適用にあたって,医療給付と各種手当の支給がいずれも実施されることは望ましいことであるし,被爆者援護の制度趣旨にかなっていることではあるが,さらに進んで,これらの法律が,事実上医療給付が受けられない被爆者に対して各種手当の支給も否定しているとまで解する根拠はない。
・・・原爆医療法は,手続きの細則を自ら定めず,厚生省令に委任していたのであり(同法22条),そのような(注記 再度日本国内に居住ないし現在するようになった)在外被爆者への対処の仕方を規定することを禁じていたわけではないから,当該厚生省令の規定がないからといって,原爆医療法が上記のような事態を全く想定していなかったとはいえない。
4 手続規定
 原爆三法は,医療給付は厚生大臣が行うとし(原爆医療法7条1項,14条1項,14条の2第1項,被爆者援護法10条1項,17条1項,18条1項),各種手当の給付については,いったんは都道府県が支弁するものの,その費用は国が当該都道府県に交付するものとしており(原爆特別措置法10条1項,2項,被爆者援護法42条,43条1項),本来,これらの事務は国の事務であるが,専ら受給者である被爆者の便宜を図るために都道府県知事を実施機関としたものと解される。したがって,現行法上被告も主張のような手続規定を欠いているからといって,これを過大視することはできず,在外被爆者への不適用をも意図しているものとは解されない。
・・・被告らが主張する届出義務は,いずれも原爆医療法施行令,原爆特別措置法施行規則,被爆者援護法施行令及び同施行規則といった下位規範によって定められているものであり,そのような下位規範によって定められた届出義務をもって上位規範である原爆三法の適用対象者を画することはできない。また,厚生省令においても,被爆者が死亡した場合については,原爆医療法施行規則5条の3,被爆者援護法施行規則8条が被爆者健康手帳の返還義務を規定しているのに対し,在外被爆者についてはその旨の規定は存在しないのであって,被告も主張の解釈に符合する形で首尾一貫しているわけではない。
5 結論
 以上によると,原爆医療法上日本からの出国によって「被爆者」たる地位を失うとの解釈には,特段の実質的・合理的理由はないといわざるを得ず,むしろ,「被爆者」たる地位を失わないと解釈するほうが前記の立法趣旨にも適っているというべきである。したがって,原告は出国によって「被爆者」たる地位を失わず,健康管理手当の受給権を有している。
 長崎地裁判決は,本件原判決とその趣旨を全く共通にするものであり,本件原判決の正しさを裏付けるものである。

第5 最高裁は純粋の社会保障立法においても行政庁の広汎な裁量を否定した
1 児童扶養手当資格喪失処分取消請求事件最高裁判決
 最高裁判所第1小法廷は,2002年1月31日,児童扶養手当の支給対象児童を定める児童扶養手当法施行令(平成10年政令第224号による改正前のもの)1条の2第3号の「(父から認知された児童を除く。)」との括弧書部分の法適合性につき,「本件括弧書を設けたことは,立法府ないし政令制定者の裁量の範囲内に属するものと解され,違憲,違法なものとはいえない」と判断した原判決(原審 大阪高等裁判所 (平成6年(行コ)第74号))を破棄して,「施行令1条の2第3号が父から認知された婚姻外懐胎児童を本件括弧書により児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲から除外したことは法の委任の趣旨に反し,本件括弧書は法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効と解す」ると判断した(平成8年(行ツ)第42号 平成14年1月31日 第一小法廷判決)。
 この事例は,児童扶養手当の支給要件につき,児童扶養手当法4条1項5号が政令に委任する委任立法の限界を,争点として争われたものである。
 純粋の社会保障立法において,かつ,下位の規範に委任する明文規定が存在する場合ですら,最高裁は,「同号による委任の範囲については,その文言はもとより,法の趣旨や目的,さらには,同項が一定の類型の児童を支給対象児童として掲げた趣旨や支給対象児童とされた者との均衡等をも考慮して解釈すべきである。」として,「立法府ないし政令制定者の裁量の範囲内に属する」という原審の判断を退けた。
2 上記最高裁判決は本件控訴人の主張をも退けている
 控訴人は,「どのような範囲の者に対して権利や利益を付与するかについては,国会の極めて広範な立法裁量にゆだねられている事柄である上,海外適用の可否については必ずしも明文規定は設けられていない」などと主張して(控訴理由書8頁),原判決を論難する。
 しかし,上記最高裁判決は,まさに,「どのような範囲の者に対して権利や利益を付与するかについて」,「立法府ないし政令制定者の裁量の範囲内に属する」とした原判決を退けたのである。
 しかも,被爆者援護法において,明文がないのは「海外適用」の規定ではなく,「日本国内に居住も現在もしなくなることにより地位を失う」という規定である(被控訴人準備書面(2))。このような明文がないからこそ,厚生労働省は,海外に居住する場合の届出規定の創設,被爆者健康手帳が国内のみ有効であることの明記(これも規定の創設である)等を,政令あるいは省令で定めようとしている。
これら規定の創設は,援護法の委任によるものですらない。控訴人は,援護法の明文がないまま,「日本国内に居住も現在もしなくなることにより地位を失う」との取扱いを行い,あるいは,そのような政令・省令を創設しようとしている。これの違法は,上記最高裁判決に照らしても明らかである。



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