訴 状

請求の趣旨

(主位的請求)

一 被告長崎市長による原告に対する、原告が「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」(以下「被爆者援護法という)附則第三条の規定による廃止の前の「原資爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(昭和四三年法律五三号。以下「旧原爆特別措置法」という)第五条の規定に基づく健康管理手当受給権(健康管理手当証書番号三○一五七三、認定年月日平成六年七月二七日)を停止(廃止)させるとの処分を取消す。

二 被告国及び被告長崎市は原告に対し、各自金二○○万円とこれに対する一九九四年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 被告国は原告に対し、金一○○万円を支払え。

四 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに右二項、三項について仮執行の宣言を求める。


(予備的請求)

一 被告長崎市長は原告に対し、金一○九万八九○○円及びこれに対する平成九年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 主位的請求二項と同。

三 主位的請求三項と同。

四 主位的請求四項と同。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一 当事者の関係

1 原告は、一九二七年九月二四日、戸畑市牧山区都島通四丁目四五二九番地で生れた。一九三九年朝鮮民族を大日本帝国の皇民に化する強制的な他民族消滅策の一貫である創氏改名によって、改姓させられ、木村となった。
 軍事訓線と軍需工場における勤労奉仕の連続のなかで、小倉の九州高等計理学校を昭和一八年春卒業し、叔父の事業場で経理事務を手伝っていた一二月、徴用された。徴用先には、長崎の三菱兵器製作所大橋工場が命ぜられ、合宿寮には市街地中央の山腹にある筑後町の本蓮寺が割当てとなり、ここに起居しながら大橋工場における徴用労働に従事した。徴用開始ご二一か月目、昭和二○年八月九日夜勤を終え、本蓮寺で朝九時ころ朝食を済ませて仮眠、目を覚まして間もない一一時ちょっとすぎ、原子爆弾の投下にさらされた。投了直ごの被爆状況と原告の行動は、

 「十一時ちよっと過ぎたと思いました。私達の部屋は林にかこまれ日光が全然はいらぬ蔭部屋でしたが、急にパッと光った閃光が部屋の中まで差し込み、瞬間、畳の上になげとばされたような気持でした。何秒かの差で天地を振動する轟音と激しい強風が吹き、障子や窓硝子が吹き飛び、天井から土と瓦が部屋の中に落ち、周囲がたちまち薄暗く、なんにも見えず粉塵の中で失神状態になっていました。
 いくらか時間が過ぎたとき、ようやく気が付き自分の生死を確認し、半裸体でしたが負傷なく無事であることを確め、隣にいた南君に声をかけました。南君も無事でした。二人とも本蓮寺の境内に爆弾が落ちた、と思いました。縁側に出て見ると洗濯をしていた友達が皆んな、あおむけになって倒れたまま動きもせず目のまぶたが紫色になってこぶしぐらいにはれ上がっていました。本殿で寝ていた友達は壁が倒れて二、三人が負傷し、頭や顔が血だらけになり、悲鳴を上げながら救助を頼んでいました。寮母先生や炊事場の姉さん違は無事でした。五名ぐらいの重軽傷者が出ました。
 本蓮寺の庭から浦上の上空を見ると、空に茸雲が広がり、太陽を隠し、空高く広がり、薄暗く雨模様になりました。倉庫から担架を出して、縁側で負傷した友達を担架に乗せ、半裸体、はだしのままで筑後町の裏道を通り臨時救護所を尋ねながら勝山国民学校までたどりつきました。もう学校の教室と廊下は負傷者で大騒きです。
 負傷者の被害様相は様々でした。上半身が焼けて真っ黒になった人、裸全体血まみれな人、着物も着ていない負傷者、緊急治療を受けて教室や廊下に寝たまま水、水、水とわめき叫ぶ負場者、痛さに耐えきれぬ苦痛に悲鳴。救護所は完全に地獄の修羅場になっていました。救護隊員も薬品の不足で手のつけようもなかったと思います。当時の惨状は直接目撃した人でなければ、その実情は納得出来ないでしょう。」

というものであった。当時、一七才であった。

2 被告長崎市長は、被告長崎市の代表者であると共に、被告国の機関委任事務として、被爆者援護法、旧原爆特別措置法等上の事務を管掌、処理をしている。

3 被告長崎市は前項の職務執行に当たる被告長崎市長の報酬等を支払い所要の経費を負担する。

二 健康管理手当受給権の取得

1 原告は昭和二○年一二月、大日本帝国の植民地支配から解放された祖国に戻ったが、執拗かつ多様な症状を呈する被爆後遺症に悩まされ続けてきた。

2 第一回目には一九八一年、被告長崎市長から被爆者健康手帳の交付を受けたが更新せず、第二回目として一九九四年七月渡日治療の許可を得て来日し、長崎友愛病院に入院、治療を受け、その間の七月四日に被告長崎市長から被爆者健康手帳(公費負担者番号一九四二六○二−二、公費負担医療の受給者番号一二三三六一−八)の交付を受けた(甲一)ついで、七月二七日付で「運動器機能」障害を伴う疾病にかかっているものとの認定を受けて健康管理手当証書(記号番号三○一五七三)を交付され、支給月額三一、八六○円、支給期間平成六年八月から平成九年七月まで(手当支給日毎月二四日)との支給決定があった(甲二)。

3 平成六年八月二四日、九月二二日各月三一、八六○円、一○月二四日三三、三○○円が、原告の十八銀行桜町支店普通預金口座に振込支給された。


三 違法な行政処分

1 被告長崎市長は原告に対し、平成六年一一月分から健康管理手当を支給しない。その理由とするところは、「現行の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律並びに厚生省公衆衛生局長通達(昭和四九年七月二二日衛発第四○二号)において、日本国の領域を超えて居住地を移した場合は失権することとなっているから」ということであった(甲四)。

2 しかし、旧原爆特別措置法に、被告長崎市長が主張するような失権の規定はない。

3 原告は平成九年六月二日長崎県知事に健康管理手当支給廃止処分の取消を求めて審査請求を申立て、同知事は同年九月一七日付で却下裁決、これに対し、厚生大臣に一○月一三日付再審査請求、厚生大臣は平成一一年三月三○日付で原行為に係る再審査請求却下、原裁決に係る再審査請求棄却の裁決をした。原告は裁決書を四月五日受領した。

4 健康管理手当受給権の発生、消滅、停止等の要件の設定は法律の規定を待たなければならない要件である。官僚の行政解釈権限で立法事項に属する権利消滅要件を設定することは憲法上許容されない。また、要件の内容そのものも、後記のとおり、憲法一四条一項、昭和五四年条約第七号に違反する。いうまでもなく、通達とは、行政機関内部で、執行責任者が配下職員による執務の基準として示す内部指示のことである。通達が、受給権者の権利、利益を法律に基づかないで直接左右するものではないことは自明である。単なる局長通達によって、法解釈の名の下に、失権要件を設けること自体許されないが、その様な通達に従うことも許されない。これに従って被告長崎市長が手当の支給を停止(廃止)した行為は、つまるところ、法律の規定に基づかないという点で違法な行政処分であるばかりか、憲法第四一条、第九九条にまで違反する違法な行政処分である。取消しを求める。


四 国家賠償請求

1 被告国及び被告長崎市の共同責任行為

(一) 国の公権力の行使に当たる公務員としては、法律の解釈・執行に当って、法治行政の原理を弁え、かりそめにも行政権の範囲を逸脱する法律の解釈・執行に及ぶことのないように、適正、厳格な注解釈・執行を尽す注意義務があるのに、被告国の厚生省職員ならびに被告長崎市長は、これを怠り、前記の公衆衛生局長通達に安易かつ漫然と追随し、健康管理手当の支給を停止した。右の点において、故意または過失によって、違法行為を行ったことになる。

(二)被告国の厚生省職員及び被告長崎市長による右法解釈・執行は、憲法一四条一項の平等原則に反するとともに、一九七九年(昭和五四年)国が批准国内法的効力を有する国連の「民的および政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号)」第二六条、第二条二項が明文で「国民的もしくは社会的出身等によるいかなる差別に対しても平等のかつ効果的な保護を」保障する内外人平等の原則にも違反している点で違法である。この意味で、被告らは、違法行為を故意または過失をもってした。

(三)損害

(1) 右違法行為は、原告の健康枝害に重大な影響を及ぼし、かつ、いわれなく差別したもので、原告が蒙った精神的苦痛は甚大である。慰謝料は一○○○万円を下らないが、内金として一○○万円を請求する。

(2) 弁護士費用その他、法定外訴訟追行諸費用は一○○万円を下らない。

2 被告国の単独責任行為

(一) 原告が厚生大臣に再審査請求したのは平成九年一○月一三日である。
厚生大臣の裁決書の送付は平成一一年四月五日だから、それまでに一八か月近くが経過したことになる。県知事の裁決は審査請求申立から四か月足らずであったし、厚生大臣の裁決は県知事の裁決の判断理由に、最高裁判所昭和五三年三月三○日第一小法廷判決を自己に有利に援用した章句が追加されただけにすぎない。一八か月近くも時間を必要とするような内容ではない。社会通念上相当と認められる期間を徒過した違法がある。
(二)さらに、厚生大臣は、「昨年(平成一○年のこと)秋、本件再審査請求と同様の論点を争点とした訴訟が起こされたことから、提訴から今日(平成一一年三月三○日のこと)に至るまで、関係省庁とも協議しながら、答弁書、準備書面の作成等、訴訟に関する国側としての対応を整理し、とりまとめてきたところであり、本件再審査請求についても、当該訴訟との整合性をとりながら、審査を進めざるを得なかった」から(甲五〉、裁決が遅れたとする。再審査請求制度の意義を全く没却し、かつ、類似案件訴訟との整合性をとりながら再審査請求の審理をすゝめるとは、邪道かつ違法な運用そのものである

(三) 右遷延は、期間及ぴ遷延理由からいって、社会通念上相当と認められず、違法である。審査請求制度の趣旨に著しく反し、訴訟当事者としての国とは別個独立に簡易にして公正かつ迅速な審査が行われることに対する原告の期待を著しく裏切った。原告の豪った精神的苦痛を慰謝するのに相当な額は一○○万円を下らない。


証拠方法

甲第一号証 被爆者健康手帳
甲第二号証 健康管理手当証書
甲第三号証 銀行預金通帳
甲第四号証 長崎市長の回答書
甲第五号証 詫び状

添付書類

甲号証    各一通
訴訟委任状   一通


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