在ブラジル被爆者裁判
時効に関する準備書面提出
(2004年6月16日提出)


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2002年(平成14年)(行ウ)第4号等
在外被爆者健康管理手当等請求事件

原  告  向  井  昭  治 外
被  告  国          外

準 備 書 面

2004年6月16日  

広島地方裁判所 民事第2部 御 中

        原告訴訟代理人弁護士   足   立   修   一

        同      弁護士   奥   野   修   士

        同      弁護士   田   邊       尚

        同      弁護士   中   丸   正   三

        同      弁護士   二   國   則   昭

        同      弁護士   藤   井       裕

        同      弁護士   山   口   格   之

第1 時効の起算点についての被告らの主張に対する反論(最高裁平成15年12月11日第一小法廷判決について)
 1 被告らは,上記最高裁平成15年12月11日判決について,「権利行使の妨げとなった事情が,事実上の障害…にすぎないのにこれを考慮したという事案ではない」と強弁する。
 2 しかしながら,この最高裁判決が,被保険者の死亡を知り得なかったという事情に照らして,権利行使が現実的に期待できなかったと判断していることは疑いの余地がなく,ここで問題となった「事情」はまさに「事実上の障害」というほかないのであって,これを「事実上の障害」でないとする被告らの主張は理解し難い。
   上記のような事情が「法律上の障害」でないことは明らかであるし、福岡高裁平成16年2月27日判決も,上記最高裁平成15年判決を引用しつつ,「事実上の障害であっても,権利を行使することが,現実に期待しがたい特段の事情がある場合には,その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において消滅時効が進行すると解するのが相当である」と同判決書16頁で判示しているのである。
   もとより,時効の起算点をいつと認定するかは,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決についての調査官解説(最高裁判例解説民事篇平成8年度(上)118頁以下)で述べられているとおり,「個別事案によるものというほかなく」,その「判断のポイントは,『権利の性質上その権利行使が現実に期待できるものであったか』という点に帰着する」のであって,被告らが主張するように,権利行使の障害となった事情が「要件事実」の存否が不明な場合であるとか,「前提となる法律関係が確定してはじめて,権利行使が現実に期待できる」場合であるとか,一義的に類型化できるものではない。
 3 また,被告らは,「行政実務の運用に基づく主張それ自体は一方当事者の主張にすぎず,法による裏付けを必要とする」,それゆえに「行政実務の運用それ自体が,権利を行使するについて方の予定する客観的な障害となり得るものではない」と主張する。
   この点,原告らも,行政実務の運用自体に客観的な法規範性が認められると主張しているわけでもないし,それを常に一般的抽象的法規範と全く同視すべきものと主張しているわけでもない。
   しかしながら,行政実務の運用が,一般的,網羅的な機能する点では法律と類似する性質を有することは被告らも認めるとおりであるし,当該運用が適法なものとして長年にわたり定着しているような場合には,事実上,それが法規と同じような機能を果たすことは否定できない。そして,行政実務の運用自体に法規範性が認められることは無いとしても,行政実務の運用が上記のような機能を有するに至った状況が客観的な事情によるものであることは変わりがない。
   したがって,本件のように,行政実務の運用が権利行使の障害となったがために時効の起算点が問題となる事案においては,行政実務の運用が存したが故に「権利行使が現実に期待できなかった」と言えるか否かが,当該行政実務の客観的な運用状況に照らして検討されるべきなのである。
   この理は,前記最高裁平成15年12月11日第一小法廷判決が,被保険者の死亡の有無について,当事者らがこれを知りうるような客観的な状況があったか否かを検討して判断を下したことにも沿うのであり,何ら先例に抵触するものではない。
 4 そして,本件で問題となっている402号通達に従えば,ブラジルに住む原告らには健康管理手当請求権が存在しないことが一義的,かつ明確に帰結されるのであり,かつ,この通達に基づく行政実務が約30年にわたり継続してきたことに鑑みれば,ブラジルに住む原告らに権利行使が現実的に期待できなかったことは,誰の目から見ても明らかである。
 
第2 権利濫用についての被告らの主張に対する反論(福岡高裁平成16年2月27日判決について)
 1 被告らは,上記福岡高裁が,地方自治法上の消滅時効の主張につき,権利濫用ないし信義則違反となる余地を認めている点について,最高裁平成元年判決の趣旨に反する,あるいは同判決が判示する地方自治法236条2項の効果と矛盾すると主張する。しかしながら,これらの主張も失当であることは次のとおりである。
 2 除斥期間とは別異の問題であること
 (1)福岡高裁判決でも判示されているとおり,最高裁平成元年判決は除斥期間についてのものであり,時効について判示したものではないから,被告らの主張は失当である。
 (2)この点,被告らは,除斥期間についても「弁論主義との関係で要件事実の『主張』は必要である」ことは援用を要しない消滅時効と共通であるから,除斥期間と援用を要しない消滅時効とで,その主張につき権利濫用ないし信義則を問題としうるか否かにつき別異に解することは最高裁平成元年判決と相反すると主張する。
    しかしながら,上記福岡高裁も判示しているとおり,消滅時効に関しては,原則は「援用」を要し(民法145条),「援用」されたときに初めて確定的に消滅時効の効果が生ずる(最高裁昭和61年3月17日判決)ところ,地方自治法236条2項が,公債務について,消滅時効の援用を不要としているのは,消滅時効による権利消滅の要件事実として,実体法上,原則的に必要とされている「援用」という行為を例外的に不要としているにすぎない,つまり実体法上は,時効期間の経過により確定的に消滅時効の効果を生じせしめることにしたにすぎない。
    したがって,およそ「援用」を観念することもできず,また立法趣旨も異なる除斥期間と,実体法上,例外的に「援用」が不要とされているにすぎない消滅時効とを同視して取り扱うべき理は無く,被告らの主張は,両者が,援用は不要,訴訟上の主張は必要という点で共通することのみに拘泥し,両者を混同したものにすぎない。
 2 地方自治法236条2項について
 (1)また、被告らは,前記福岡高裁判決が,地方自治法236条2項について,5年という期間の経過により一律に消滅時効の効果を生じさせるものである旨判示していることと,その消滅時効の主張について権利濫用ないし信義則違反を観念することが矛盾すると主張する。
 (2)しかしながら,地方自治法236条2項が,原則として「援用」されたときに初めて確定的に消滅時効の実体法上の効果を,例外的に「援用」無くしても生じさせることにより,大量の公債務について,相手方の権利を行政手続上スムーズに消滅させようとする趣旨の規定であるからといって,その効果を主張することが信義誠実の原則に反し,あるいは権利濫用と評価されるべき事態までを想定して,かかる権利濫用等の訴訟上の主張を許さないとする趣旨で規定されたものと解すべき理由は存しない。
 (3)したがって,上記高裁判決が地方自治法上の消滅時効の主張について権利濫用ないし信義則違反を観念することと,地方自治法236条2項の趣旨とは何ら矛盾する点はなく,この点についての被告らの主張も失当である。 
 3 そして,原告らと前記福岡高裁判決の一審原告らとで,本件提訴に至るまでの事情等が全くことなることは原告らの2004年4月21日付け準備書面第3の3で詳細に主張したとおりであり,原告らについての事情に鑑みるとき、被告らの消滅時効の主張を認めることが誰の目からみても不公正であって,この主張を権利濫用として排斥すべきことは明らかである。
   以 上


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