森田隆 準備書面
(2002年8月22日提出)


2002年(平成14年)(行ウ)第4号
在外被爆者健康管理手当等請求事件

原  告  森  田     隆
被  告  国   外1名

準 備 書 面

2002年8月22日 

広島地方裁判所 民事第2部 御 中


原告訴訟代理人弁護士   足   立   修   一

同      弁護士   奥   野   修   士

同      弁護士   田   邊       尚

同      弁護士   中   丸   正   三

同      弁護士   二   國   則   昭

同      弁護士   藤   井       裕

同      弁護士   山   口   格   之

1 被告らの2002年8月2日付け準備書面に対しては,次回期日までに,詳細に反論する予定であるが,反論の要点について,本書面にて指摘する。

2 被告らの主張の骨子は,被爆者援護法の法構造,各規定,立法者意思,法的性格等に照らし,同法が日本に居住又は現在する者のみを適用対象者としていると解すべきであるから,同法2条に基づいて被爆者健康手帳交付決定を受けることによって「被爆者」たる地位をいったん取得した場合であっても,その後出国して日本に居住も現在もしなくなった場合には,同法の適用対象者ではなくなり,したがって同法1条にいう「被爆者」ではなくなる結果,「被爆者」に対する各種援護が受けられなくなる(前記書面2頁)というものである。

3 被告らの主張の全般的な特徴は,第1に,ことさらに「在外被爆者」という用語を用いることにより,本件の原告が一旦日本国において,被爆者健康手帳の交付を受け,また,健康管理手当の支給認定を受けた事実を矮小化しようとし,手帳の交付を受けたことのない者と手帳の交付を受けた者を混同させようとする点にある。そして,第2の特徴は,本件で問題になっている原爆特別措置法についての402号通達による出国による手当の打ち切りが,法律の明文規定なく実施されていることを過小評価しようとする点にある。一旦被爆者としての権利が発生した者について,その権利を剥奪する不利益取扱いを行うことについての根拠が明確なものでないため,種々の言い訳に終始する内容になっている。
  以下で,反論の骨子を簡潔に述べる。

4 被爆者援護法の法構造について

  被告らは,原爆医療法,原爆特別措置法,被爆者援護法の制定過程に触れ,被爆者援護の基本は,医療給付であり,国外にいる者には医療給付はあり得ないから,医療の補充として健康管理手当などの手当の給付があるから,医療給付がない以上,手当の給付はあり得ないと主張する。
  しかし,そもそも,日本国外にいる手帳取得者が指定医療機関等の医療の給付を受けられないというのは,指定医療機関等が日本国内にしかないことに起因する事実上の問題にすぎない。さらに言えば,同法は,日本国外の医療機関設置者との実質的な契約を締結することにより,日本国外に指定医療機関等を設置することを禁じているとは解されない。また,本件で問題になっている健康管理手当について,その受給資格として,医療給付を現に受給していることは法律上何ら必要とされていない。

5 被爆者援護法の各種規定について

  被告らは,国外に出国すると被爆者としての権利が失権するという明文が存在しないにもかかわらず,被爆者援護法の各種規定が,日本に居住又は現在する被爆者に対する給付のみを予定し,日本に居住又は現在することが「被爆者」たる地位の効力存続要件となると主張する。
  しかし,同法の規定上,各種手当等の支給申請の宛先が被爆者の居住地の都道府県知事となっているものの,支給実施機関は,明文上「被爆者の居住地又は現在地の」都道府県知事という限定はなされていない。一旦手帳の交付を受けてから出国する被爆者についての支給実施機関は,その手当の支給申請を受け支給認定した都道府県知事,あるいは,支給認定を受けた後に日本国内で転居した場合は日本国内の最終の居住地又は現在地の都道府県知事がなると解釈できる。
  また,支給決定後の届出義務について,2002年4月に施行された政令によると日本国外への居住地又は現在地の変更について,届出義務が新たに設けられることになった。日本から出国するに際し,この届出をしたときには,再度入国した後,被爆者手帳交付申請をしなくとも届出のみで手帳交付するという取扱いを認めることになった。これは申請によって手帳の交付がなされることを原則とする手続の中で極めて異例の取扱いがなされていることとなり,この取扱いは日本からの出国によっても手帳に表象される権利を失権させない取扱いに近づいたものと評価できる。
  よって,被爆者援護法の各種規定は,日本に居住又は現在することを「被爆者」たる地位の効力存続要件と解するべき根拠にはならない。

6 立法者意思について

  被告らは,原爆法の立法経過からは,原爆法の各法が在外被爆者に対して適用しないという前提で立法されたとの主張をしている。
  しかし,国会での審議における政府委員の答弁のみでは立法者の意思とはいえないし,また,手帳を取得した後,日本に居住も現在もしない状態になった被爆者の権利を失権させる旨の明文の規定を置いていないことからは,被爆者援護法が国外に居住することになった手帳取得者を援護措置から排除する趣旨ではないと考える方が自然である。

7 被爆者援護法の法的性格について

  被告らは,被爆者援護法が非拠出の社会保障法であるということから,海外居住者に対して適用されないという主張をしている。
  しかし,本件の原告は,日本国民であって,日本政府の奨励によりブラジル連邦共和国に移民した者である。日本の国政選挙についての参政権を有し,現実に選挙権を行使しうる立場にある。かかる原告について,日本社会の構成員ではないということは到底いえない。日本国外に居住する被爆者には,現時点においてはいろいろな立場の被爆者がいるが,少なくとも,1945年8月に日本国民であったものがほとんどである。そして,いわゆる孫振斗事件最高裁判決(1978年3月30日言渡)において,被爆者援護法の前身となった原爆医療法について,「特殊な戦争被害についての戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にある」としており,「単なる社会保障としては合理的に説明しがたい」法律であることを率直に認めている。この観点からすると,一旦被爆者健康手帳の交付を受けた者が,日本から出国したとしても,そのことにより被爆者としての権利を失権させるべきでないことは当然である。

8 広島地裁1999年3月25日判決(広島地裁判決)について

  被告らは,広島地裁判決が原爆二法等が外国の居住している者についてはその適用を予定していないと判断したことを本件に援用して主張する。
  しかし,広島地裁判決の事案は,1944年に広島の三菱重工業に徴用令書で朝鮮半島(現在の韓国のソウル,平沢)から強制連行されて,強制労働をさせられた元徴用工の生存者46名が原告となって提訴した裁判である。すべての原告が原爆で被爆しているが,被爆者健康手帳を取得していない者もいたため,韓国国内で手帳の交付申請が認められるべきことなどを主として主張したものである。本件の原告と同様に,手帳交付を受け,健康管理手当を受給したことのある者について,慰謝料の算定要素の一原因として予備的に主張していたものに過ぎない。この予備的主張について,被告日本国も当該事件で具体的な反論をしないまま結審しており,その判断も脱漏しているものである。
  よって,広島地裁判決を本件に援用して主張するのは適切とはいえない。


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