被告(国)側 第4準備書面 

被告ら第4準備書面
平成14年11月14日

 被告らは,本準備書面において,従前の主張をふえん,整理して,以下のとおり主張する。
 なお,略称等については,従前の例による。

第1 原告の請求

 本件は,被爆者援護法11条1項の認定(認定番号009673−5)を受けた原告が,いったん日本国外に出国した後,再来日し,大阪府知事から被爆者援護法2条に基づき被爆者健康手帳(手帳番号:020570−8)の交付を受けるとともに,同法25条に基づき特別手当の支給認定(記号番号:トク00290,支給期間:平成13年1月から)を受け同手当を受給していたところ,再び日本国外に出国したことによって平成13年4月分以降の特別手当の支給を打ち切られたため,これを不服として,@被告国との間で,原告が(ア)被爆者援護法1条1号に定める「被爆者」たる地位にあること,及び(イ)同法11条1項の認定を受けた「被爆者」たる地位にあることの確認,A被告大阪府に対し,平成13年4月分から同年9月分までの特別手当金30万9300円及び同年110月分以降原告が死亡する月まで毎月金5万1550円の特別手当の支払,B被告らに対し,連帯して慰謝料金1100万円及び弁護士費用金10万円並びにその遅延損害金の支払,をそれぞれ求めている事案である。



第2 被告らの主張

 1 はじめに


 (1)被告らがこれまで主張してきたとおり,被爆者援護法は,日本に居住又は現在する者のみを適用対象としているのであって,いったん,同法に基づき被爆者健康手帳交付決定を受けた「被爆者」であっても,日本に居住も現在もしなくなった場合には,法律上当然に「被爆者」たる地位を失い,各種手当の受給権を喪失する。したがって,第1の@(ア),Aについては理由がない。

(2)次に,第1の@(イ)については,原告の主張する「被爆者援護法11条1項の認定を受けた『被爆者』たる地位」なるものが何を意味しているのか不明であるが,同法11条1項の認定により,同法25条1項の特別手を受給し得る地位が発生し,これらの地位の確認を求めるという趣旨であれば(原告の平成14年2月14日付け準備書面第1,2参照),同法25条1項の特別手当受給権は,同条2項による支給認定を受けて初めて発生するものであって,同法11条1項の認定のみによってかかる法的地位が発生することはないから,そもそも原告の請求は理由がない。また,この点をおくとしても,同法25条1項の特別手当は,「被爆者」のみが受給し得るものであるから,「被爆者」たる地位を失った原告が,特別手当を受給し得る法的地位のみを保有するということはあり得ず,いずれにしても請求には理由がない。
 なお,被爆者は,被爆者援護法11条1項の認定を受けることにより,同法25条2項に基づく特別手当支給認定の要件の一部を満たすことになるところ(同法25条1項),第1の@(イ)の請求は,原告が,出国により,このような地位(要件の一部を満たしたという地位)を失っていないことの確認を求める趣旨とも解し得なくはない。しかしながら,そのような趣旨であれば,第1の@(イ)の請求は,原告が過去に被爆者援護法11条1項の認定を受け,出国により同認定の効力が消滅していないことの確認を求めていることにほかならないのであって,それ以上の意味ではあり得ない。しかるに,被告らは,原告が被爆者援護法11条1項の認定を受け,出国により同認定の効力が消滅していないことは何ら争っていないから,第1の@(イ)の請求がこのような趣旨であれば,確認の利益がなく,不適法な訴えである。

(3) 次に,第1のBについては,被告らに対する国家賠償請求であるが,原告が日本に居住も現在もしなくなったことにより「被爆者」たる地位を喪失し,特別手当受給権を失ったとの取扱いをしたのは,被爆者援護法に基づく適法な行為であるから,被告らに対する国家賠償責任は成立する余地がなく,第1のBの請求は,明らかに理由がない。


 2 被爆者援護法が在外被爆者を適用対象としていないこと


 被爆者援護法が日本に居住又は現在する者のみを適用村象としていることについては,被告ら第1準備書面で詳述したとおりであるが,以下,骨子を述べる。


  (1)給付内容からみた原爆法


 原爆医療法の制度上,在外被爆者は,同法に基づく唯一の援護である医療給付の支給対象から除外されている。原爆医療法は被爆者に対して援護を行うことを内容とする法律であり,同法2条にいう「被爆者」たる地位は,同法に基づき援護を受ける前提として付与される地位であるから,同法に基づく援護を全く受け得ないとされている在外被爆者に対して,「被爆者」たる地位のみが付与されるということはあり得ない。したがって,原爆医療法は在外被爆者に適用されない。

 次に,被爆者特措法は,原爆医療法の適用対象者のみに適用されることが明文をもって規定されており,また,被爆者援護法は原爆二法をそのまま引き継いだ後継法であるから,原爆医療法の適用対象者でない在外被爆者に,被爆者特措法及び被爆者援護法が適用される余地はない。 さらに,在外被爆者に対して被爆者援護法が適用されるとすると,医療給付の支給対象者から除外されている者に,各種手当の支給のみが行われることになるが,各種手当の支給は,医療給付のみでは援護の措置として十分ではないと判断される者に対して,補完的・上乗せ的に支給されるものとして法律上位置付けられているから,医療給付の支給対象者から除外されている者が各種手当のみを受給することは,原爆法の給付体系に反する。


  (2)行政組織法的観点からみた給付機関の定め


 被爆者援護法は,「被爆者」に対して各種給付等を行う給付機関を,当該被爆者のその時点における居住地又は現在地によって決するとの制度を採用しており,被爆者が被爆者健康手帳の交付申請等をする機関も,被爆者に対して各種手当を支給する機関も,被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事であると規定している。このように,被爆者援護法は,「被爆者」が常にいずれかの都道府県知事の管轄内に居住又は現在していることを当然の前提とし,在外被爆者に対する給付機関を全く定めていない。
 しかるに,「被爆者」に対して各種給付を行う機関の定めは,財政上の負担を第一次的にどの行政機関に負わせるかを決定し,また,「被爆者」に対する給付事務をどの行政機関に分掌させるかを決定するために必要不可欠な法律事項であるから,このような行政組織法上必要不可欠な規定が欠缺しているということは,在外被爆者に対する給付事務がそもそも法律上存在していないことの何よりの証左である。


  (3)立法者意思



 被爆者特措法及び被爆者援護法は,在外被爆者に対して適用しないことを前提に国会で可決・成立している。特に,被爆者援護法は,在外被爆者に対して適用すること等を内容とする日本共産党による修正案を否決して,可決・成立したのであり,かかる審議経過からすれば,在外被爆者に対して被爆者援護法を適用しないという立法者の意思は極めて明白である。


  (4)法的性格


   被爆者援護法は非拠出制の社会保障法としての性格を有しているところ,非拠出制の社会保障法において,社会連帯の観念を入れる余地のない海外居住者への適用を認めるのは極めて例外的な立法制作であるから,在外被爆者に対する給付を認める明文規定のない被爆者援護法が,在外被爆者に対する給付を認める立法政策を採っているとは解し得ない。また,被爆者援護法の制度の根底に国家補償的配慮があることは否定できないとしても,国家補償杓配慮があることから,何らかの適用範囲が当然に導かれるものではない。むしろ,同法が,各種申請時に日本に居住も現在もしない被爆者を,明文をもって適用対象外としていることからすると,同法は,被爆経験を有する者全員を無条件に適用対象者としているものではなく,被爆者の居住地又現現在地によって,適用の有無を区別するという立法政策を採っていることが明らかである。また,他の戦争被害者に対する対策との均衡からしても,何ら明文規定のない在外被爆者までも適用対象とする趣旨とは考えられない。
 以上によれば,被爆者援護法が在外被爆者に対して適用されないことは明らかであって,原告の主張は失当である。


 3 原告の被告らに対する反論の誤り


 これに対して,原告は反論を行うが,いずれも法を正解していないか,被告らの主張内容を正解していないものであって,失当である。この点については,被告ら第2準備書面,同第3準備書面で指摘し主張しているところであるが,なお下記主張を補充する。


  (1)本件の争点


  ア 原告は,日本に居住も現在もしなくなることを,権利消滅要件ととらえて,そのような要件の存在が明文にないことをもって,被告らの主張に対する反論を行う(原告の平成14年2月14日付け準備書面第1,3及び4,第2,2)。原告のこのような主張は,「被爆者」に対して付与される法的地位ないし権利を,何の限定も付されていないものであると理解し,消滅原因が生じない限りは,いったん付与された法的地位ないし権利は,被爆者の死亡まで永遠に継続することを前提としているものと解される。

イ しかしながら,本件において検討されるべきは,無限定に付与された権利が途中で消滅するかどうかではなく,被爆者援護法が被爆者に対して保障している法的地位ないし権利の内容がどのようなものであると解釈されるかという問題である。

 すなわち,本件においては,いわゆる給付立法として国会がその広範な立法裁量のもとで制定した被爆者援護法が,被爆者に対していかなる内容の法的地位ないし権利を付与しているのか,同法が被爆者に対してこれらの法的地位等を付与するに当たり,いかなる立法技術をもって,いかなる内容的限定を付しているのか,ということが問われているのである。したがって,被爆者援護法全体の法構造,各規定,立法者意思,法的性格等を踏まえて,同法が被爆者に対して付与している法的地位ないし権利の内容を,同法の趣旨に沿って解釈していかなければならないことは当然である。

 そして,そのような観点から被爆者援護法を辞釈すれば,既に述べたとおり,法構造,各規定,立法者意思,法的性格等のいずれをとってみても,同法は,在外被爆者を同法に基づく各種援護の支給対象から除外していることが明らかであるから,同法が被爆者に対して付与している法的地位ないし権利は,被爆者が日本国内に居住又は現在する限りにおいて各種給付等の援護を受けることができるという内容のものとして保障されていると解される。このような意味において,これらの法的地位ないし権利は,被爆者が日本国内に居住又は現在することを効力発生要件とし,かつ,効力存続要件としているといえるのである。したがって,被爆者援護法2条に基づいて被爆者健康手帳の交付を受けることによって「被爆者」たる地位をいったん取得した被爆者であっても,その後出国して日本に居住も現在もしなくなった場合には,同法1条にいう「被爆者」ではなくなり,「被爆者」に対する各種援護(同法7条及び9条所定の健康診断及びこれに基づく指導,同法10条所定の医療給付,同法18条所定の一般疾病医療費の支給,同法24条ないし28条所定の各手当の支給等)を受けることができなくなる。

ウ 以上から明らかなとおり,原告が,いったん取得した「被爆者」たる地位を何の限定も付されていない法的地位であると理解した上で,このような法的地位を途中で消滅させることの可否を論じていることについては,到底正しい理解とはいえない。


  (2)原爆医療法の適用範囲


ア 原告は,被爆者が受け得る援護内容から適用対象者を限定するのは解釈方法・態度として明らかに失当であるし,医療給付は,被爆者に対する援護の一手段にすぎないから,医療給付を受け得る者をもって適用対象者を画するのは誤りであると主張する(原告の平成14年4月26日付け準備書面第3)。
 しかしながら,原爆医療法においては,医療給付は,複数ある援護のうちの一手段にとどまるものではなく,同法に基づく唯一の援護であるから,その援護を受け得ない在外被爆者が,同法の適用対象者であるはずがなく,「被爆者」たる地位のみが付与されることはあり得ない。原告の上記主張は失当である。

イ なお,被告らは,既に被告ら第1準備書面第3,1,(1)(6ぺージ以下),被告ら第2準備書面第3,2,(2)(8ページ以下)において,在外被爆者は,実施の困難性ゆえに事実上医療給付を牽けられないのではなく,法律上,医療給付の支給対象者から除外されていることを詳論したが,この点についての主張を補充する。

 被爆者援護法上,「被爆者」に対して行われる医療の現物給付は,同法12条1項に定める指定医療機関及び同法19条1項に定める被爆者一般疾病医療機関を通じて行われることとなっている(同法10条3項,18条)。そして,指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機関となることができる「病院若しくは診療所又は薬局」とは,医療法1条の5において定義する「病院」又は「診療所」であり,薬事法2条において定義する「薬局」であるところ(被爆者援護法施行令12条,被爆者援護法施行規則17条参照),医療法に基づいて病院ないし診療所を開設し,あるいは薬事法に基づいて薬局を開設するためには,開設地(所在地)の都道府県知事から許可を受け,あるいは同知事に届出をしなければならないとされているから(医療法7条1項,同8条,薬事法5条1項),医療法に定める「病院」,「診療所」及び薬事法に定める「薬局」には,外国の医療施設は含まれていない。したがって,外国の医療施設が,被爆者援護法12条1項に定める指定医療機関及び同法19条1項に定める被爆者一般疾病医療機関となることは不可能であり,日本に居住も現在もしない者が,国外で,被爆者援護法に基づく医療の現物給付を受けることは,法律上不可能である。そして,指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機関が日本にしかない以上,医療給付の対象者が,日本に居住又は現在する者に限られることは当然である。

 以上のとおり,在外被爆者が医療給付を受けられないのは,外国で医療を給付することが事実上困難であるからではなく,法律の規定上,医療給付は日本に居住又は現在する者に対してしか行わないと規定しているからである。このように,在外被爆者が,医療給付の支給対象者から除外されていることからすれば,在外被爆者が,医療給付を唯一の援護としている原爆医療法の適用対象者であるはずがない。


  (3)被爆者に対して各種給付等を行う行政機関に関する定め


ア また,原告が繰り返し引用する長崎地裁判決は,被爆者に対して各種給付等を行う行政機関についての定めについて,「専ら受給者である被爆者の便宜を図るため」であるから,「現行法上被告ら主張のような手続規定を欠いているからといって,これを過大視することはでき(ない)」と判示する(同判決25ぺ−ジ)。

イ しかしながら,被爆者に対する給付機関の定めは,単なる被爆者の便宜のための規定ではない。給付立法において,財政上の負担を第一次的にどの行政機関に負わせ,当該給付事務をどの行政機関に分掌させるかは,行政組織法上,必要不可欠な立法事項なのである。長崎地裁判決は,このような行政組織法的な観点からの検討を全く欠き,給付機関の定めを単なる被爆者の便宜のための規定であると決めつけているのであって,行政法規を解釈する上での重要な視点が欠落している。そして,このような重要かつ基本的な立法事項について,当然あるべき規定が存在しないということからすれば,被爆者援護法上,在外被爆者への給付事務というものが存在していないことは明白である。


  (4)被爆者援護法11条1項の認定の効力


ア 原告は,被爆者援護法1条と同法11条は,事実の確認とそれに基づく法的効果としての種々な援護を受ける権利の発生(地位の取得)という点で異なるところはないとし,同法11条の原爆症認定が出国によって失効しないのであれば,同法1条の「被爆者」たる地位も失われていないと考えるしかないと主張する(原告の平成14年9月5日付け準備書面第1,3)。

イ しかしながら,原告は,被告らの主張を正解していない。以下,原告の理解に資するために,再度,被告らの主張を整理して述べる。

(ア)まず,被告らは,被爆者援護法は日本に居住又は現在する被爆者のみを適用対象者としていると理解している。したがって,被爆者援護法の通用を受ける適用対象者たる地位,すなわち,同法1条にいう「被爆者」たる地位は,日本に居住又は現在することを効力発生要件及び効力存続要件としており,いったん「被爆者」たる地位を取得した者であっても,日本に居住も現在もしなくなった場合には,「被爆者」たる地位を失う。

(イ)これに対して,被爆者援護法に基づいて行われる各種処分の効果が,被爆者の出国によって失われるかどうかは,それぞれの処分が,「被爆者」たる地位を処分の効力存続要件としているかとうかによって異なってくる。例えば被爆者援護法25条に基づく特別手当支給認定は,被爆者が日本に居住も現在もしなくなることによって失効するが,これは,同法25条4項が「特別手当の支給は,第2項の認定を受けた者が同項の認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,第1項に規定する要件に該当しなくなった日の属する月で終わる」と規定し,同法25条1項に規定する要件の一つである「被爆者」たる地位を保有し続けることを,特別手当の継続給付のための要件としているからである。したがって,被爆者が日本に居住も現在もしなくなることによって,「被爆者」たる地位を失ったときは,「被爆者」たる地位を効力存続要件としている特別手当支給認定は,効力を失う。

(ウ) 他方,被爆者援護法11条1項に基づく認定(以下「11条認定」という。)は,同法の適用対象者に対して行われるものであるから,認定の効力発生時に「被爆者」たる地位を有していることは必要であるが,11条認定の後も継続して「被爆者」たる地位を有していることが,認定の効力存続要件として要求されているとは考えられない。なぜならば,11条認定は,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因するとの「事実」を公の権威をもって確定する行為であり,このような過去の一時点における「事実の確認」が,その後に「被爆者」たる地位を失ったことにより失効するとは考えられないからである。

 なお,原告は,11条認定を受けると,被爆者援護法10条の医療給付を受けることができるという法的地位が付与されるから,11条認定が出国によって失われないのは不合理であると主張するが,11条認定は,被爆者援護法10条の医療給付を受けるための一要件にすぎないのであって,原告の上記主張は誤りである。したがって,11条認定のみによって,被爆者援護法10条の医療給付を受けることができる法的地位なるものが発生することはなく,事実確認の性格しか有しない11条認定の効力は,被爆者が日本に居住も現在もしなくなったとしても,消滅しない。過去に11条認定を受け,その後に日本に居住も現在もしなくなったことにより,「被爆者」たる地位を失った者は,再入国しただけでは医療給付を受けられないが,これは,出国により11条認定の効力が消滅するからではなく,被爆者援護法10条の医療給付の要件である「被爆者」たる地位を有していないからである。

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