原告(李在錫)側書面


目次

第1 居住も現在もしなくなれば「被爆者」たる地位を失うとするのは法律に反している
 1 被告の主張
 2 被告らは,「被爆者援護法11条1項の認定を受けた『被爆者』たる地位」について言及できない
 3 被告の主張は法律の明文に反している(大阪地裁判決要旨)
 4 給付行政において「法の予定する範囲対象」は全て法定されている
 5 被告らの主張は「国民の税負担」という虚構の上にしか成り立たない
第2 「在外被爆者」という語を用いてはならない
 1 「在外被爆者」とは誰か
 2 「在外被爆者」という語を用いて被爆者援護法を論じることはできない
 3 本件は「在外被爆者」の問題ではない
 4 「在外被爆者」という語を用いた議論の虚偽
 5 長崎地裁判決は「在外被爆者」という語を正確に定義した
第3 被告ら主張の虚偽
 1 「給付内容からみた原爆法の法構造」の虚偽
  (1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決
   @ 被爆者たる地位と各援護
   A 医療給付と「被爆者」たる地位
  (2) 孫振斗最高裁判決について
 2 「日本に居住または現在する者に対する給付を予定している被爆者援護法の  規定の存在」の虚偽
  (1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決
   @ 被爆者健康手帳や各種給付の申請時に「被爆者」が日本に居住又は現在することを予定した規定の存在は失権の根拠にならない
   A 各種給付の権利発生時に被爆者が日本に居住又は現在することを予定した規定の存在は失権の根拠にならない
   B 届出義務の規定は失権の根拠にならない
  (2) 被告らは意図的に「法律」「政令」「規則」を混同している
  (3)  「各種手当等の支給の実施機関が被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事」とする規定はない
   @ 法律・施行令・施行規則の明文はどうなっているのか
   A 74年規則改正で何が変わったか(申請時と受給時の知事の「同一」と「別異」)
   B 最後の居住地等の都道府県知事又は国が在外被爆者に対して各種手当等の支給を行う法律上の根拠はある
  (4) 各種届け出義務も居住・現在を前提していない
  (5) 援護対策が国の責任であることを法律は明記している
 3 立法者意思について
  (1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決
  (2) 立法者意思について被告ら主張は厚生労働大臣答弁に反している
   @ 厚生労働大臣は,大阪地裁判決後,立法者意思についてどのように述べたか
   A 被告らは,厚生労働大臣の答弁が誤っていると主張するのか
 4 被爆者援護法の法的性格について
  (1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決
  (2) 無拠出の社会保障法原則に関する被告らの二重の虚構
   @ 法の明文を離れた「非拠出の社会保障法の原則」などない
   A 援護法の性格は社会保障法ではない
   B 「一般の戦争被害者に対する対策との均衡」の問題ではない
 5 本件において広島地裁判決と同様の結論を採ることはできない
  (1) 本件は広島地裁判決とは事案が異なる
  (2) 広島地裁判決は判断を誤っている
   @ 広島地裁判決はいったん被爆者としての地位を得た者について判断していない
   A 広島地裁判決は現代社会では通用しない粗雑な論理である
  (3) 被告らの主張は広島地裁判決の立場からみても正当性がない
 6 被告ら主張の憲法14条違反


第1 居住も現在もしなくなれば「被爆者」たる地位を失うとするのは法律に反している

1 被告の主張

 被告らは,「被爆者援護法は日本に居住又は現在する者のみを適用対象としており,いったん,同法に基づき被爆者健康手帳交付決定を受けた『被爆者』であっても,日本に居住も現在もしなくなった場合には,法律上当然に『被爆者』たる地位を失い,同法に基づく各手当の受給権を喪失する」と主張する(第1準備書面2頁)。
 そして,その根拠として,「法律は,社会,経済,財政,政治的事情等を総合考慮してその効力の及ぶ範囲,対象等が定められており,定められた範囲,対象を超えて適用されることはあり得ない。とりわけ,給付行政,中でも公費負担(すなわち国民の税負担)に依拠する給付行政においては諸事情の総合考慮によりある立法政策が採られ,それを全国民の負担によって遂行することとなるため,法の予定する範囲対象を超えて解釈,適用されてはならない。この点,被爆者援護法は,以下のとおり,その法構造,立法者意思,法的性格等からすれば,日本に居住ないし現在する者に適用されることを当然の前提としており,日本に居住も現在もしなくなった場合には『被爆者』たる地位を当然喪失し,『被爆者』であることを前提とする諸給付を受給できなくなるというべきである。」(第1準備書面5頁)。

2 被告らは,「被爆者援護法11条1項の認定を受けた『被爆者』たる地位」について言及できない

 被告らは,本件の事案について,「大阪府知事から被爆者援護法2条に基づき被爆者健康手帳(手帳番号020570-8)の交付を受け,同法25条に基づき特別手当の支給認定を受けた原告が,日本を出国後,特別手当を打ち切られた」(第1準備書面2頁)という。
 しかし,被告らは,重要な事実を脱落させている。
 被爆者援護法25条に基づく特別手当の受給は,同法2条に基づく「被爆者」たる地位にあるだけではなしえない。同法2条に基づく「被爆者」たる地位に加えて,同法11条1項に基づく認定を受けた「被爆者」たる地位にあることが必要である。
 原告は,1995年11月に来日し,広島で被爆者健康手帳を取得して,原爆後障害治療のために広島市民病院に入院し,原爆被爆によって下唇に生じたケロイドの治療につき,被爆者援護法第10条の医療の給付を受けるために,被爆者援護法第11条1項の認定申請を行い,翌年2月に韓国に帰国した。その際に,被爆者健康手帳は無効とされた。
 そして,1996年11月に治療のために再度来日し,新たに被爆者健康手帳(健康手帳番号543415-4)を取得し,1996年12月9日付で厚生大臣より,被爆者援護法第11条第1項の認定を受け(認定番号009673-5),12月13日付で広島市長より,被爆者援護法第24条の医療特別手当(月額136,350円)支給の認定を受けた。
 原告は翌1997年2月,日本滞在期間の終了にともないケロイドの術後治療をうち切って帰国せざるを得ず,医療特別手当の支給は同年2月分の支給で終了した。
 そして,2000年12月13日に治療のために再来日した原告は,同日,大阪府知事より,「被爆者健康手帳番号・0205708」の被爆者手帳を新たに取得し,大阪阪南中央病院にて入院加療中の2001年1月18日付で,特別手当の受給権を得たのである。
 このとき,原告は,「被爆者援護法11条1項に基づく認定を受けた『被爆者』たる地位」を新たに取得しなおしていない。1996年12月9日付で受けた「被爆者援護法第11条第1項の認定」に基づいて,特別手当の受給権を得たのである。
 被告らはこの事実を脱落させ,「日本に居住も現在もしなくなった場合には『被爆者』たる地位を当然喪失し,『被爆者』であることを前提とする諸給付を受給できなくなるというべきである。」と主張する。しかし,「被爆者援護法11条1項に基づく認定を受けた『被爆者』たる地位」について被告らは言及できない。
 被告の主張によっても,原告は,「被爆者援護法11条1項に基づく認定を受けた『被爆者』たる地位」を喪失していないのである。

3 被告の主張は法律の明文に反している(大阪地裁判決要旨)

 被告らは,「法の予定する範囲対象を越えて解釈,適用されてはならない」という。然り。
 しかし,「法の予定する範囲対象」は,法律の文言によって決される。
 そして,日本への居住・現在は,「被爆者」の要件ではない。「日本に居住も現在もしなくなった場合には『被爆者』たる地位を喪失」する旨を定めた法文はない。
 すなわち,大阪地方裁判所平成10年(行ウ)第60号事件2001年6月1日判決(以下単に「大阪地裁判決」)が以下のように判示した通りである。
 「被爆者援護法1条によれば,『被爆者』たる要件は,同条各号のいずれかに該当する被爆者であることと,被爆者健康手帳の交付を受けたことの2点であり,日本に居住又は現在することは要件とされていない。
 そして,被爆者健康手帳の交付については同法2条が定めるところであるが,同条1項によれば,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならないものとされている。したがって,被爆者健康手帳を取得して『被爆者』たる地位を取得するためには,少なくとも交付申請の時点で日本に現在することは必要である。もっとも,いったん被爆者健康手帳を取得した後に,同手帳の返還が必要となるのは,実定法上『被爆者』死亡の場合だけであり(同法施行規則8条),『被爆者』が日本に居住又は現在しなくなった場合に,都道府県知事が同手帳の返還を求め得る実定法上の根拠はない(実際にも返還は求められていない。)。
 しかも,『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなった場合に,『被爆者』たる地位を喪失する(又は喪失させることができる)旨の明文の規定は一切存在しない。
 以上のとおり,被爆者援護法ないし同法施行規則の規定において日本に居住又は現在していることが『被爆者』たる地位の効力存続要件であると解すべき直接の根拠は存在しないといわざるを得ない。」(29頁)
4 給付行政において「法の予定する範囲対象」は全て法定されている

 被告らは,「給付行政においては・・・法の予定する範囲対象を越えて解釈,適用されてはならない」(第1準備書面5頁)と主張する。
 しかし,上記の通り「法の予定する範囲対象」につき,被爆者援護法上,「日本に居住も現在もしなくなった場合に,『被爆者』たる地位を喪失する(又は喪失させることができる)旨の明文の規定は一切存在しない」。
 他方,被告らがいう,給付行政において,明文なしに,法の解釈上当然に受給権者たる地位を失わせるような法律は,一つもない。別表の示すとおりである(さらに,別表によれば住所あるいは居住地を外国に移すことにより,手当受給権者たる地位を失わせる法律はあっても,現在しなくなることにより失わせる法律はない)。
 他の法律と異なって,唯一,被爆者援護法のみ,「法の解釈上当然」という理由で,明文の根拠なしに出国による手当受給権者たる地位の喪失を認めるのか。それとも,他の法律と同様,被爆者援護法も,明文の根拠がない以上,出国による手当受給権者たる地位の喪失を認めないのか。
 他の法律と比較したとき,後者がより法律による行政の原理にかなうのは言うまでもない。
 他の法律との比較によっても,被告ら主張の不合理は明らかである。

5 被告らの主張は「国民の税負担」という虚構の上にしか成り立たない

 被告らは,「給付行政,中でも公費負担(すなわち国民の税負担)に依拠する給付行政においては諸事情の総合考慮によりある立法政策が採られ,それを全国民の負担によって遂行することとなる」(第1準備書面5頁)という。
 しかし,日本において納税義務を負っているのは日本国民だけではない。現在日本には約170万人の外国人登録者がいる。そのうち最も多いのが韓国・朝鮮籍者で,全体の約38パーセントを占めている。
 日本社会の構成員のなかに韓国・朝鮮籍者が多数存在する事実と,原告のように韓国に暮らす被爆者が多数存在する事実は,ともに日本の朝鮮植民地支配の結果である。
 被告らの主張は,「公費負担(すなわち国民の税負担)」「全国民の負担によって遂行する」などという虚構の上にしか成り立ちえないのである。

第2 「在外被爆者」という語を用いてはならない

1 「在外被爆者」とは誰か

 被告らは,「日本に居住も現在もしない被爆者(以下「在外被爆者」という。)は,原爆医療法の制度上,同法に基づく給付は受け得ないこととされているから,同法が在外被爆者を適用対象者としていない」(第1準備書面3頁他6〜7,13,15〜29頁)などと,繰り返し述べて,「在外被爆者」について論じる。
 しかし,被爆者援護法のどこにも,「在外被爆者」という言葉は,ない。
 これは,被告らが新たに作り出した概念である。
 被告らがいう,「在外被爆者」には,

@ 日本に居住あるいは現在して,被爆者健康手帳の交付を受けて「被爆者」たる地位を取得したのちに,日本に居住も現在もしなくなった者

A 現に日本国外に居住し現在する者で,被爆者健康手帳の交付を受けたことがない者,つまり「被爆者」の地位を取得したことがない者

の二つが包括されている。いうまでもなく,原告は@である。
 被告らは,@とAを併せて「在外被爆者」と呼ぶことによって,議論をどこへ導こうとしているのか。

2 「在外被爆者」という語を用いて被爆者援護法を論じることはできない

 「在外被爆者」という語を用いて,「被爆者」である(被告らは「『被爆者』であった」というのかもしれない)被爆者と,「被爆者」ではない(被告らは「『被爆者』になったことのない被爆者」と表現するのかも知れない)被爆者を,区別することなく包括して,被爆者援護法について論じるのは,誤った立論方法である。

 @ではいったん被爆者援護法上の地位ないし権利が発生している。従って,地位ないし権利が,「喪失」するかどうかが問題となる。これに対して,Aでははじめから何らの地位も権利も生じていない。従って,そこでは地位ないし権利を「取得」するかどうかが問題となる。
 言葉を換えれば,@では権利消滅要件が問われるのに対して,Aでは権利発生要件が問われることになる。    
 法律を論じるに当たって,権利発生要件と権利消滅要件を区別することなく,論じることはできない。

3 本件は「在外被爆者」の問題ではない

 被告らが,原告に対して失権の取扱をする直接の根拠は,1974(昭和49)年7月22日付衛発第402号厚生省公衆衛生局長通達にある。この「402号通達」は,「日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者には同法の適用がない」としたものである。
 従って,原告は,「日本国の領域を越えて居住地を移す」という行為を根拠にして,「被爆者」たる地位を喪失し,手当の支給を打ち切られている。原告は,被告らがいうところの@とAを包括した「在外被爆者」など問題にしてはいない。原告は,@についてのみ論じているのである。

4 「在外被爆者」という語を用いた議論の虚偽

 被告らは,すべての立論において,「在外被爆者」という語を用いることにより,@とAという被爆者援護法上は異なる立場にある者を,区別しない立論を展開している。その結果,その立論は,@をAと同様に,「被爆者」たる地位を有さない者とみなすことを前提としたものになっている。
 つまり,被告らの立論は,「『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなることにより,『被爆者』たる地位を喪失するか否か」が争点となっている本件において,「『被爆者』は日本に居住も現在もしなくなることにより,『被爆者』たる地位を喪失する」との結論がはじめにありきの立論となっているのである。
 結局,被告らは「被爆者」たる地位を有さない者,つまり,原告以外の者について論じているにすぎない。これは,本件の具体的争点を離れた,虚構・抽象の議論である。

5 長崎地裁判決は「在外被爆者」という語を正確に定義した

 被告らは,本件と類似の事案である長崎地方裁判所平成11年(行ウ)第5号在外(韓)被爆者の健康管理手当支給停止処分取消請求事件において,やはり「被爆者援護法は,日本に居住も現在もしない被爆者(以下,「在外被爆者」という。)には適用されない。」(最終準備書面6頁)などと,「日本に居住も現在もしない被爆者」と定義された「在外被爆者」という語を用いて議論した。
 しかし,これに対して,2001年12月26日の長崎地裁判決(以下「長崎地裁判決」)は,被告らの主張を「被爆者が日本国内に居住も現在もしなくなった場合には(以下,このような被爆者を「在外被爆者」という。),それらの効力は当然に失われることになる。」と整理し,「在外被爆者」という語を,事案の争点に即して「『被爆者が日本国に居住も現在もしなくなった場合』の被爆者」と,定義し直した。
 この長崎地裁判決における「在外被爆者」という語の定義のし直しこそは,被告らが用いる「在外被爆者」という語が,本件の具体的争点を離れた,虚構・抽象の議論を導くものであることの証である。


第3 被告ら主張の虚偽

1 「給付内容からみた原爆法の法構造」の虚偽

 「原爆医療法が,在外被爆者に対しては適用されない」,あるいは「医療は給付しないが,手当だけを支給するなどということは,被爆者援護法においては全く予定されていない」という,被告らの主張は,その前提を誤るものである。

(1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決 

@ 被爆者たる地位と各援護

 大阪地裁判決では,この点につき,以下のように判断している(同判決36頁)。
 「被爆者援護法は,1条各号の要件を充たす者で2条の規定に従い被爆者健康手帳の交付を受けた者を『被爆者』と定義し,その『被爆者』に対し,同法第3章に規定する各種の援護を実施することとしているが,各援護は,『被爆者』であることから当然に実施されるものではなく,『被爆者』であることに加え,各援護ごとに要件が規定されている。
 ここで,法の統一的解釈からは,各援護の主要部分につき,要件をおよそ充たし得ない者あるいは援護の実施が不可能な者については,そもそも『被爆者』たる地位がないとする解釈が好ましいともいえる。
 また,被告らは,『被爆者』が日本に居住又は現在することを予定した規定がある一方で,日本に居住も現在もしていない者に対する適用を予定した規定がないことは,このような者が被爆者援護法の適用対象に含まれないことの何よりの証左であると主張する。
 しかし,各援護の性質はそれぞれ異なり,国家主権による制限,立法技術上の困難,実施上の困難など,各援護ごとに個別の考慮が必要となるものであって,第一次的にはこれらの観点から援護に制限が生じるにすぎないのであるから,各援護を受け得る可能性と『被爆者』たる地位を必然的に不可分一体のものとして解さなければならないものではなく,『被爆者』たる地位にあっても,各種援護の性質からその援護を実施できなくなることもあり得るというべきである。
 また,これらの日本国内に居住又は現在することを前提とした規定により,国外の『被爆者』が各援護の実施を受け得ない場合等が生じ得ることはあり得るとしても,『被爆者』がそれらの援護の実施を受けることができるかどうかは被爆者側の事情や都合によるものであって,援護はその性質上『被爆者』に援護を受ける義務を課すものではないのであるから,これを享受できない者は『被爆者』として被爆者援護法の権利主体たり得ないとするのは本末転倒というべきである。」

A 医療給付と「被爆者」たる地位

 また,大阪地裁判決では,この点につき,以下のように判断している(同判決35頁)。
 「被爆者援護法第3章第3節の医療給付中,同法10条の医療の給付については,厚生大臣(現厚生労働大臣)がその指定した医療機関に委託して,診察(被爆者援護法10条2項1号),薬剤又は治療材料の支給(同項2号),医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術(同項3号),居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護(同項4号),病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護(同項5号),移送(同項6号)を給付するものであり,また,同法18条の一般疾病医療費の支給も,都道府県知事により指定された被爆者一般疾病医療機関において医療を受けた場合に,厚生大臣がその費用の支給を行うものであり,日本に居住も現在もしない者に対する医療給付は予定されていないが,これは,給付の前提として指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機関の指定・監督の問題があるほか,国家主権に由来する対他国家不干渉義務に反するおそれがあり,また,本邦以外では実施が事実上困難であることによるものと解される。
 しかしながら,『被爆者』たる地位に基づく権利は医療給付の受給に尽きるものではないから,医療給付が受けられないとの一事をもって『被爆者』たる地位が失われるということにはならない。
 また,長崎地裁判決では,この点について,以下のように判断している(同判決24〜25頁)。

「ア 被告らは,原爆医療法が在外被爆者に医療給付を認めていないのは,在外被爆者には同法を適用しないという立法政策がとられたからであり,また,原爆特別措置法及び被爆者援護法は,医療給付と各種手当ての支給は一体のものとして実施されることを予定しているので,医療給付を受けられない被爆者に各種手当ての支給をすることは想定されていないと主張する。
 しかしながら,在外被爆者は,原爆医療法上,実際には医療給付を受けることはできないのであるが,再度入国すればこれが可能になるのであるから,同法が在外被爆者には適用しないとの立法政策をとったと断定するまでの根拠は乏しい。また,原爆二法又は被爆者援護法の適用にあたって,医療給付と各種手当の支給がいずれも実施されることは望ましいことであるし,被爆者援護の制度趣旨にかなっていることではあるが,さらに進んで,これらの法律が,事実上医療給付が受けられない被爆者に対して各種手当ての支給も否定しているとまで解する根拠はない。
イ 被告らは,仮に在外被爆者について被爆者健康手帳交付決定の効力が失われないとすると,その者が再度日本国内に居住ないし現在するようになった揚合,都道府県知事はそれを把握することができず医療給付を実施することができないと主張する。
しかしながら,原爆医療法は,手続の細則を自ら定めず,厚生省令に委任していたのであり(同法22条),そのような在外被爆者への対処の仕方を規定することを禁じていたわけではないから,当該厚生省令の規定がないからといって,原爆医療法が上記のような事態を全く想定していなかったとはいえない。」

(2) 孫振斗最高裁判決について

 被告らは,孫振斗最高裁判決を捉えて,「原爆医療法に基づく給付が在外被爆者に対して行われることがあり得ず,同法が在外被煩者に対しては適用されないことを当然の前提としていることからも裏付けられるところである」という(第1準備書面7頁)。
 しかし,「孫振斗判決は日本に現在する者に原爆医療法の適用があることを説示しているものであって,日本に居住も現在もしなくなることにより『被爆者』たる地位を失うかどうかについては,なんら明言をしていないことはその説示から明らかである。したがって,孫振斗判決の説示は,原告主張と矛盾するものではなく,被告らの主張の根拠とはなり得ない。」(大阪地裁判決37頁)

2 「日本に居住または現在する者に対する給付を予定している被爆者援護法の規定の存在」の虚偽

 「日本に居住または現在する者に対する給付を予定している被爆者援護法の規定の存在」にかかる被告らの主張は誤っている。
 被爆者健康手帳や各種給付の申請時に「被爆者」が日本に居住又は現在することを予定した規定,各種給付の権利発生時に被爆者が日本に居住又は現在することを予定した規定,各種届出義務の規定,これら何れもが失権の根拠になりえないことはすでに大阪地裁判決が示したとおりである。
 さらに付言して詳述するなら,被告らは,第1に「規則」によって「法律」を解釈し,第2に「規則」について,自己の主張する結論を何の根拠もなく前提している。加えて,援護法上,援護対策が国の責任であると規定された事実(法6条)に目を閉ざしている。

(1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決

@ 被爆者健康手帳や各種給付の申請時に「被爆者」が日本に居住又は現在することを予定した規定の存在は失権の根拠にならない

 「なるほど,被爆者健康手帳交付申請時にかかる被爆者援護法2条,各種手当の支給申請時にかかる都道府県知事の認定に関する被爆者援護法の各規定(医療特別手当につき同法24条2項,特別手当につき同法25条2項,原子爆弾小頭症手当につき同法26条2項,健康管理手当につき同法27条2項,保健手当につき同法28条2項)及び同法施行規則(健康管理手当につき52条1項,その他省略)をみれば,被爆者健康手帳交付申請時,並びに各種手当支給の前提となる都道府県知事の認定申請時には,日本に居住又は現在することが必要となる。
 しかしながら,これらの規定は,「被爆者」たる地位及び各種手当ての受給権を取得する際の問題であり,いったん取得した「被爆者」たる地位を失権させる根拠となり得ないことは明らかである。」(大阪地裁判決34頁)

A 各種給付の権利発生時に被爆者が日本に居住又は現在することを予定した規定の存在は失権の根拠にならない

 「被爆者援護法第3章第2節の健康管理及び同第4節の各種手当の支給の実施主体は,都道府県知事とされているが,これ自体は実施主体を定めているものにすぎず,その意味では,法所定の援護と援護の実施主体とを連結するための管轄を定めている技術的規定であって,必ずしも受給者が日本に居住又は現在していることを必要とするものではない。」(大阪地裁判決34頁)
 「被告らは,原爆三法上,在外被爆者については各種給付の実務機関である都道府県知事を定め得ず,また,在外被爆者に各種給付をするについての法令上の根拠がないから,原爆三法は在外被爆者に適用されることを全く予定していないと主張する。しかしながら,原爆三法は,医療給付は厚生大臣が行うとし(原爆医療法7条1項,14条1項,14条の2第1項,被爆者援護法10条1項,17条1項,18条1項),各種手当の給付については,いったんは都道府県が支弁するものの,その費用は国が当該都道府県に交付するものとしており(原爆特別措置法10条1項,2項,被爆者援護法42条,43条1項),本来,これらの事務は国の事務であるが,専ら受給者である被爆者の便宜を図るために都道府県知事を実施機関としたものと解される。したがって,現行法上被告ら主張のような手続規定を欠いているからといって,これを過大視することはできず,在外被爆者への不適用をも意図しているものとは解されない。」(長崎地裁判決25頁)

B 届出義務の規定は失権の根拠にならない

 「『被爆者』が他の都道府県の区域に居住地を移したときの届出義務(被爆者援護法施行令3条1項)についても,これは日本国内における居住地の移動の際,管轄の混乱が生ずることを避けるために規定された技術的規定と解することもでき,これが直ちに失権の根拠とはなり得るものではない。また,医療特別手当に関する被爆者援護法施行規則32条あるいは健康保健手当に関する同法施行規則60条の届出義務等についても,これらの規定が,国外からの届出を予定していない趣旨であるとしても,それは,これらの届出をする際には『被爆者』は日本に現在している必要があるものと解すれば足りるのであり,これが課されていない手当もあり,いったん取得した『被爆者』たる地位を失権させる根拠となり得ないことは明らかである。」(大阪地裁判決35頁)
 「被告らは,原爆三法に関する手続規定の中に現在地の都道府県知事に対する各種届出義務があることを理由として原爆三法が在外被爆者に適用されないと主張する。
 しかしながら,被告らが主張する届出義務は,いずれも原爆医療法施行令,原爆特別措置法施行規則,被爆者援護法施行令及び同施行規則といった下位規範によって定められているものであり,そのような下位規範によって定められた届出義務をもって上位規範である原爆三法の適用対象者を画することはできない。また,厚生省令においても,被爆者が死亡した場合については,原爆医療法施行規則5条の3,被爆者援護法施行規則8条が被爆者健康手帳の返還義務を規定しているのに対し,在外被爆者についてはその旨の規定は存在しないのであって,被告ら主張の解釈に符合する形で首尾一貫しているわけではない。」(長崎地裁判決25頁)

(2) 被告らは意図的に「法律」「政令」「規則」を混同している

 被告らは,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「法律」)・原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「施行令」)・原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「施行規則」)に定める(あるいはそもそも定めていない)内容を漠然と包括して「被爆者援護法上」あるいは,「被爆者援護法によれば」などと表現する。法律(狭義の法律)の意義が問われているときに,政令や規則と混同して漠然と法律と呼ぶことは,議論を意図的に混乱させるものである。そもそも,一般に,法律(狭義の法律)の意義を,下位の法令である,政令や規則によって決しようとするのは,正しい解釈態度ではない。被告らは,特に,被告第1準備書面中の「日本に居住又は現在する者に対する給付を予定している被爆者援護法の規定の存在について」の項において,ことさらに,「法律」「施行令」「施行規則」を混同して「被爆者援護法」と呼んで,誤った結論を導き出そうとしている。これに対して,以下では,「法律」「施行令」「施行規則」を区別して論述する。

(3)  「各種手当等の支給の実施機関が被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事」とする規定はない 

@ 法律・施行令・施行規則の明文はどうなっているのか

 法律の定めるところによれば,都道府県知事は被爆者に対して手当等を支給する(同法24条ないし28条,31条,32条)。また,都道府県知事は健康診断等の健康管理を行う(同法7条ないし9条)。これらの手当等の支給に要する費用は,都道府県の支弁とされる(同法42条)。
 施行令3条1項,2項は「被爆者健康手帳の交付を受けた者は,他の都道府県の区域に居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。以下同じ)を移したときは,30日以内に,新居住地の都道府県知事にその旨を届け出なければならない。 2 都道府県知事は,前項の届出を受理したときは,旧居住地の都道府県知事にその旨を通知しなければらない。」と定めている。
 施行規則4条2項3項は「2 都道府県知事は,居住地変更の届け出を受理したときは,被爆者健康手帳に新居住地に転入の旨を記載し,かつ,被爆者健康手帳交付台帳に必要な事項を記載した上,被爆者健康手帳を当該被爆者に返還するものとする。 3 令第3条第2項の通知を受けた都道府県知事は,被爆者健康手帳交付台帳から,当該被爆者に関する記載事項を抹消するものとする。」と定めている。
 施行令・施行規則によれば,「被爆者」が他の都道府県の区域に居住地・現在地を移したときには,給付する都道府県知事も移る。しかし,国内に居住地がなくなったときに,給付する都道府県知事がなくなるとは,法律・施行令・施行規則は定めていない。
 法律・施行令・施行規則の文言からは,「被爆者援護法は『被爆者』に対して各種手当等を支給する給付期間を当該被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事であると定めている」であるとは到底言えない。かえって,給付を行う「都道府県知事」が,「当該被爆者が居住または現在する地を管轄する都道府県知事」であると定めた条項は全くないのである。

A 74年規則改正で何が変わったか(申請時と受給時の知事の「同一」と「別異」)

 被告らは,「被爆者援護法2条1項が,被爆者健康手帳の申請先を居住地又は現在地の都道府県知事としていることから明らかなとおり,同法は給付機関たる都道府県知事を,当該被爆者のその時点の居住地又は現在地によって決するとの考えを採っている」と主張する(第1準備書面14頁)。
 しかし,申請時の都道府県知事と各種給付の受給時の都道府県知事とが,いずれも居住現在地の都道府県知事でなければならないかのように主張には,何の根拠もない。
 かえって,施行令・施行規則を挙げる被告らの主張が,74年改正以前の規則について全く触れていない点で重大な虚構がある。
 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律施行規則(1968年厚生省令第34号,1968年9月1日施行)は,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律施行規則の一部を改正する省令(1974年厚生省令第27号,同年9月1日施行)によって,下記の通りに改正された。上記402号通達はこれに伴う通達の形式を取っている。

改正前

改正後

(居住地変更の届出)
第一一条  
 特別手当受給権者は、同一都道府県の区域内において居住地を移したときは、次の各号に掲げる事項を記載した届書に住民票の写しを添えて、一四日以内に、これを居住地の都道府県知事に提出しなければならない。
一 変更前及び変更後の居住地
二 特別手当証書の記号番号
2 前項の規定の適用については、広島市及び長崎市の区域は、それぞれ広島県及び長崎県の区域外とし、一の都道府県の区域とみなす。


(居住地変更の届出)
第一一条
 特別手当受給権者は、居住地都道府県の区域を越えて居住地を移した場合にあっては、新居住地)を移したときは、次の各号に掲げる事項を記載した届書に住民票の写しを添えて、一四日以内に、これを居住地の都道府県知事に提出しなければならない。
一 変更前及び変更後の居住地並びに変更の年月日
二 特別手当証書の記号番号
2 都道府県知事は、都道府県の区域を越えて居住地を移した者から前項の規定による届書が提出されたときは、その者の従前の居住地の都道府県知事に、文書でその旨を通知しなければならない。
3 前二項の規定の適用については、広島市及び長崎市の区域は、それぞれ広島県及び長崎県の区域外とし、一の都道府県の区域とみなす。

(失権の届出)
第一五条
特別手当受給権者は、法第二条第一項に規定する要件に該当しなくなったときは、すみやかに次の各号に掲げる事項を記載した届書を居住地の都道府県知事(都道府県の区域をこえて居住地を移したことにより同項に規定する要件に該当しなくなった者にあっては、従前の居住地の都道府県知事)に提出しなければならない。
一 法第二条第一項に規定する要件に該当しなくなった理由及び該当しなくなった年月日
二 特別手当証書の記号番号
2 法第一一条第二項の規定は、前項の場合に準用する。



第一五条  削除


(失権の通知)
第一六条
 都道府県知事は、第五条第二項に規定する場合のほか、特別手当受給権者が法第二条第一項に規定する要件に該当しなくなったと認めるときは、その者に、文書でその旨を通知しなければならない。
2 都道府県知事は、前項の通知をする場合において、特別手当証書が提出されていないときは、同項に定める者に対して、特別手当証書の返納を命じなければならない。



第一六条  削除


 要するに,規則改正以前は,手当の認定申請を行った都道府県から移転した被爆者は,旧居住地の都道府県知事知事に対して失権を届出し,新居住地の都道府県知事に対して新たに認定を申請することと定められていた。ところが,規則改正によって,都道府県を越えて移転しても失権届は必要ではなく,新居住地の都道府県知事に「居住地変更届」を提出すれば足ることとなった。
 言葉を換えれば規則改正以前は,手当の認定申請を受ける都道府県知事と手当を支給する都道府県知事は厳密に同一の知事でなければならないとされていた。ところが,規則改正後は,法律には何の改定もないのに,手当の認定申請を受ける都道府県知事と手当を支給する都道府県知事とは別異であってもよいこととなった。各種給付をする都道府県知事が,申請時の知事でなければならない法律上の根拠がなかったように,各種給付をする知事が居住現在地の知事でなくてはならない法律上の根拠もないのである。
 そもそも,規則改正は,「被爆者」はどこに行っても,どこにいても「被爆者」であることを規則の上でも明確にした。場所の移動によって,喪失などしないことを明確にしたのである。
 被告らは「援護法上・・・は明白」などと主張する。しかし,402号通達がなければ,規則改正後は,法律・施行令・施行規則の上では,いったん手帳を取得した被爆者は,例え出国しても,手当を打ち切られることがなくなったのは疑いがない。

B 最後の居住地等の都道府県知事又は国が在外被爆者に対して各種手当等の支給を行う法律上の根拠はある

 被告らは,「在外被爆者に対して各種給付を行う都道府県知事が,被爆者の国内における最後の居住地又は現在地の都道府県知事であるとの解釈は,被爆者援護法のどの規定に基づく解釈であるかが全く不明である」と主張する(第1準備書面15頁)。
 しかし,(「在外被爆者」を論じる不当は措くとして)そもそも「被爆者援護法上,被爆者に対して各種手当を支給する都道府県知事は,当該被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事とされている」という主張が,法律・施行令・施行規則に全く根拠を持っていないことは上記の通りである。
 法律・施行令・施行規則,いずれの文言によっても,また全てを総合しても,「各種手当を支給する都道府県知事は,当該被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事」とは定められていないし,そう読みとることもできない。そうである以上,いったん手帳を取得して出国した被爆者につき,これに各種手当等を支給する都道府県知事は,最後の居住地等の都道府県知事となるしかないのである。
(4) 各種届け出義務も居住・現在を前提していない
 被告らは「被爆者が,被爆者健康手帳交付決定や各種手当の支給認定を受けた後も,継続的に日本国内に居住又は現在していることを前提に,各種届出を居住地等の都道府県知事に提出すべきことを定めていることは明白である」と主張する(第1準備書面18頁)。
 しかし,これは,すでに上述した,何ら,法律・施行令・施行規則に根拠のない,被告らに独自の解釈を前提にしている。

(5) 援護対策が国の責任であることを法律は明記している

 被告らの主張は,援護対策が国の責任であることを故意に隠蔽している点で,根本的に誤っている。
 被爆者援護法は,「国の責任において・・・被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する。」(前文),「国は,被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため,都道府県並びに広島市及び長崎市と連携を図りながら,被爆者に対する援護を総合的に実施するものとする。」(6条)と明記している。厚生省保健医療局企画課は,「国の責任」の意義について,「被爆者対策に関する事業の実施主体としての国の役割を明確」にしたものであると説明している。
 この「国の責任」の趣旨からは,各種給付を行う都道府県知事は,国が責任を負う援護対策を実施する機関に過ぎない。
 大阪地裁判決は,「法律」3章2節・4節の都道府県知事に関する定めは,「法所定の援護と援護の実施主体とを連結するための管轄を定めている技術的規定」,「施行令」3条1項の届出義務は,「日本国内における居住地の移動の際,管轄の混乱が生じることを避けるために規定された技術的規定」,「規則」32条・60条の届出義務等についても,「これらの届出をする際には『被爆者』は日本に現在している必要があるものと解すれば足りる」とした。(35頁)
 また、長崎地裁判決は,「被告らが主張する届出義務は,いずれも原爆医療法施行令,原爆特別措置法施行規則,被爆者援護法施行令及び同施行規則といった下位規範によって定められているものであり,そのような下位規範によって定められた届出義務をもって上位規範である原爆三法の適用対象者を画することはできない」とした。(25頁)
 大阪地裁判決や長崎地裁判決の論じたとおり,これらの規定は,出国により失権することの根拠とはなしえないのである。
 都道府県知事の管轄地域外にある「被爆者」に対しては手当を支給することができない,などと法律・施行令・施行規則に基づかない主張をして,国の責任を否定しようとする被告らは,本末を転倒した解釈をしているというしかない。

3 立法者意思について

 被告らは,「被爆者特措法及び被爆者援護法の立法経過からすると,同各法が在外被爆者に適用しないとの前提で立法されたことが明らかであり,被爆者援護法が在外被爆者に適用されないことは明白」と主張して,一見その主張に沿うように見える事実を縷々述べる。
 立法者意思に関する被告らの主張は,立法者意思の意義を誤るものであり,かつ,厚生労働大臣の答弁にも反している。

(1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決

 大阪地裁判決は,この点につき,以下のように判示する。
 「これらの(国会でのー引用者注)答弁がなされた事実だけでは,必ずしもそれが立法者の意思そのものであるとは言い切れないし,かえって,立法当時から,すでに国外に居住する被爆者に対する対応が問題とされており,しかもその問題の解決がすでに法文の解釈上から明らかなものとなっていたとはいえない状況下において,あえて,日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」たる地位を失権させる旨の規定が設けられなかったことに徴するならば,被爆者援護法は国外居住者を排除する趣旨ではないと解する方がむしろ自然であるとさえいえる。
 しかも,法律の解釈はまず第一に法文の合理的解釈によるべきものであるから,立法者意思も第一次的には当該法文に表われた合理的な立法者意思を探求すべきであって,国会における答弁等を過大視することは許されず,これらは,あくまでも解釈の参考資料として位置づけられるにすぎない。
 したがって,被告らの指摘する立法者意思もその主張を裏付ける合理的理由とはなり得ない。」(大阪地裁判決33頁)
 また,長崎地裁判決も,この点について,以下のように判示する。
 「被告らは,原爆三法における立法者意思はこれらの法律を在外被爆者には適用しないというものであったと主張する。
 しかしながら,立法者意思という概念そのものがあいまいなものであることにかんがみると,法令の解釈にあたっては,まず,法の客観的な意味内容を理解するように努めることが基本であって,立法者意思はあくまで参考にとどまると解する。このことは原爆三法の解釈にあたっても同様であって,これらの法律だけを別異に解する根拠は見出すことができない。
 そして,被告らが主張するように,在外被爆者が原爆医療法に基づく医療給付を受ける余地はなかったとしても,在外被爆者が日本に再入国した後に上記医療給付を受け得る地位を保持しておくことに意味がないわけではないから,そのことから直ちに,原爆医療法は在外被爆者に適用されないというのが立法者意思であったと即断することはできない。また,立法者意思はあくまで法の解釈の参考になるにとどまるのであるが,被告らが政府担当者の国会答弁を掲げるので,本件とかかわりのある原爆特別措置法に関する国会答弁についてのみ検討を加えることにする。
 昭和43年4月12日の第58回国会参議院本会議の会議録(乙6の5頁ないし6頁)をみると,厚生大臣は,原爆特別措置法は沖縄(本土復帰前)に在住する被爆者には適用されないと答弁しているが,不法入国した外国人被爆者が原爆医療法の適用を求めた前掲最高裁昭和53年3月30日判決にかかる事件において,被告の福岡県知事が「同法(原爆医療法)3条の現在地は,特定の都道府県に居住地を有しない者の存在することを考慮してとくに規定されたもので,広く日本国内という観点からすれば,居住関係を有していることが前提となっているものである」と主張していることに照らすと,上記国会答弁は移動のない固定された居住状態を前提にしていたことがうかがわれ,日本国内に居住又は現在していた「被爆者」が日本国内に居住も現在もしなくなったときに,「被爆者」たる地位が失われるか否かという問題については全く念頭になかったものと考えられる。」(長崎地裁判決23〜24頁)

(2) 立法者意思について被告ら主張は厚生労働大臣答弁に反している

 大阪地裁判決後,厚生労働大臣は,繰り返し立法者意思に言及した。それらは,被告らの主張と明確に相反している。

@ 厚生労働大臣は,大阪地裁判決後,立法者意思についてどのように述べたか

(ア) 大臣臨時記者会見概要(H13.6.15(金)12:12〜12:40 厚生労働省記者会見場)

 「その被爆者援護法が制定されます当時の関係されました皆さん方,あるいはまた政府関係者の皆さん方のご意見もいろいろとお聞きを致しました。しかし,その当時海外に居住する皆様方のことをどうするかという深い議論がその当時されてなかった,されずにあの法律が成立をしたという経緯がございます。」

(イ) 01.6.15.衆議院厚生労働委員会における金子哲夫議員の質問に対する坂口大臣の返答

 「その当時の皆さんのいろいろなお話を今お伺いをしている訳でございますが,法制局の皆さん方のその当時のこの法律をつくるにあたってのお話もお伺いをしましたけれどもその点の外国に居住する皆さん事についてのあまり深い議論というのはなかったというふうに,お聞きをいたしております。そういうことで法律はできあがっていってしましました。しかし法律はその立法者のその当時の立法の意思とは別にその時代時代の背景によってその法律の意味というのは新しく生まれてくるというふうに言われておりますから,現在的な社会的な背景の中で,新しい意味合いをもっているのかもしれません。しかし,今のままでは,諸外国の人たちに対してどうするかということが明確でない,しかし,この諸外国に住む人たちのことを考えなくていいかというとこれはやはり国内に住む人たちと同じようにやはり考えていかなければならない,このことの議論をなければならないと私は思っております。したがいまして,その被爆者たる用件の明確化とそして外国に住む皆さん方の問題をどうしたら一番いいかということを早急にひとつ議論をしてできればもう半年くらいの間に今年の暮れくらいまでには議論を終わって,早く皆さん方にお答えをするようにしなければならないのではないかと考えているしだいでございます。」

A 被告らは,厚生労働大臣の答弁が誤っていると主張するのか

 被告らの主張は,明らかに厚生労働大臣の繰り返しの発言・答弁に反している。
 被告らは,厚生労働大臣答弁が誤っていると主張するのであろうか。そう主張するのであれば,そのように明確に主張されたい。

4 被爆者援護法の法的性格について

 法の明文を離れて「非拠出の社会保障法の原則」などないし,そもそも援護法は無拠出の社会保障法ではない。

(1) 大阪地裁判決と長崎地裁判決

 大阪地裁判決は,この点につき,以下のように判断している。
 「被告らは,被爆者援護法は非拠出制の社会保障法であり,社会の構成員でない海外居住者に対しては適用されないと主張する。
 確かに,非拠出制の社会保障制度が社会連帯ないし相互扶助の観念を基礎とし社会構成員の税負担に依存しているものであることから,その適用対象者は,我が国社会の構成員たる者に限定されるとの原則論を一応肯定することができるとしても,具体的な社会保障制度においてどの範囲の者を適用対象とするかは,それぞれの制度における個別的政策決定の問題であり,被爆者援護法の社会保障としての性格から演繹的に被告らの主張する解釈を導くことはできないというべきである。
 さらに,被爆者援護法はその前文からも明らかなように原爆医療法をその前身とするものであるが,原爆医療法の趣旨は,最高裁が,孫振斗判決において,「原爆医療法は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心とするものであって,その点からみると,いわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつものであるということができる。しかしながら,被爆者のみを対象として特に右立法がされた所以を理解するについては,原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例を見ない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。原爆医療法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは,これを否定することができないのである。」と述べているとおりであり,被爆者援護法も前文で「(前略)国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため,この法律を制定する」と規定し,前記原爆医療法の性格は,そのまま被爆者援護法に引き継がれているものと解される。すなわち,被爆者有する特殊な立法というべきものである。
 そして,このような被爆者援護法の複合的な性格,さらに,同法が被爆者が被った特殊の被害にかんがみ被爆者に援護を講じるという人道的目的の立法であることに照らすならば,社会保障的性質を有するからといって,当然に我が国に居住も現在もしていない者を排除するという解釈を導くことは困難というほかはない。」(大阪地裁判決32〜33頁)
 「なお,日本に居住又は現在することが「被爆者」たる地位の効力存続要件であるという解釈を導く何らかの合理的な理由が存在するとしても,被爆者援護法は,被爆者が今なお置かれている悲惨な実情に鑑み,人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的としたものなのであるから,上記解釈は,その人道的見地に反する結果を招来するものであって,同法の根本的な趣旨目的に相反するものといわざるを得ないのである。」(大阪地裁判決38頁)
 また,長崎地裁判決では,この点について,以下のように判断している。
 「原爆医療法は,その目的を「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより,その健康の保持及び向上を図ること」(同法1条)とし,「被爆者」への健康管理手当等の支給を規定する原爆特別措置法は,その目的を「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者であって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものに対し,医療特別手当の支給等の措置を講ずることにより,その福祉を図ること」(同法1条)とし,さらに,原爆二法の後継法たる被爆者援護法は,その前文に,「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は」「たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。」そこで,「国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊な被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じ,あわせて,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する」と規定している上,同法の国会審議において,厚生大臣が,被爆による「健康上の障害については,直後の急性原爆症に加えて白血病やあるいは甲状腺がん等の晩発障害があるなど,一般戦災による被害に比べ,また際立った特殊性を持った被害であると考えております。こうしたほかの戦争被害と異なる原爆放射能による被害の特殊性にかんがみ,」同津を制定する旨を答弁していること(第131回国会衆議院厚生委員会)に照らすと,原爆三法は,被爆者の健康上の障害が一般の戦争被害者と比較して特異かつ深刻なものであるとの認識のもとに制定されたものであって,その根底には国家補償的配慮があるものと解される(最高裁昭和53年3月30日判決・民集32巻2号435頁参照)。そして,原爆三法が,軍人軍属等の公務上の戦争被害に関する戦傷病者戦没者遺族等援護法(同法11条2号,3号,14条2号,24条等)及び戦傷病者特別援護法(同法4条3項,6条1項等)と異なり,あえて国籍要件を定めず,内外国人を問うことなく援護の対象者としたことも併せ考えると,原爆三法の解釈にあたっては,在外被爆者のみに不利益となるような限定的な解釈はすべきでないと解する。」(長崎地裁判決21〜22頁)
 「被告らは,原爆三法は非拠出制の社会保障法に属するから明文規定のない限り在外被爆者には適用されないし,また,原爆三法の制度の根底に国家補償的配慮があるとしてもそれは他の一般の戦争被害者に対する対策との均衡の点で極めて例外的な法制度であるから明文によって認められたものに限るべきであると主張する。
 しかしながら,非拠出制の社会保障法と一般的抽象的にいってみても,その内容が一義的に明らかになるわけではなく,その適用対象については,それぞれの法令に応じて個別的に判断すべきものであって,原爆三法が非拠出制の社会保障法に属するとしても,そのことから直ちに,明文の規定がない限り在外被爆者には適用されないとの結論を導くことはできないし,また,一般の戦争被害者に対する対策との均衡の点についても,原爆三法が一般の戦争被害者と区別して特に被爆者を援護していることは上記アのとおりであるが,これが例外的な制度であるからといって,直ちに,これを在外被爆者に適用するためには明文の規定が必要であるとはいえない。
 むしろ,原爆三法は外国人被爆者にも適用されるのであるから,多くの外国人被爆者が含まれるであろう在外被爆者を適用除外とするなら,その旨が明文で規定されたはずとさえいうことができる。」(長崎地裁判決22〜23頁)

(2) 無拠出の社会保障法原則に関する被告らの二重の虚構

@ 法の明文を離れた「非拠出の社会保障法の原則」などない

 厚生労働省は,自らがまとめた第2回在外被爆者に関する検討会資料5において,「本人の拠出を受給の要件としない,児童手当,特別児童扶養手当,特別障害者手当等の社会保障制度の給付は,国内に居住する者のみが支給対象となることを法律上明確に規定している」と認めている。
 仮に,「非拠出の社会保障制度」の給付において,国内に居住する者のみが支給対象となっているとしても,それは,非拠出の社会保障法の原則によって当然にそうなるのではない。国内に居住する者のみを支給対象とすると,法律上明確に規定されているからである。非拠出の社会保障法の原則から,当然に,国内に居住する者のみが支給対象となるのであれば,児童手当,特別児童扶養手当,特別障害者手当等で,法律上明文で支給対象を限定する必要もない。
 従って,仮に被爆者援護法が非拠出の社会保障法であるとしても,国内に居住する者のみを支給対象とすると法律上明確に規定されていない以上,その支給対象を国内に居住する者に限ることができないのは言うまでもない。

A 援護法の性格は社会保障法ではない

 しかし,そもそも,被爆者援護法は,純然たる社会保障法ではない。
 この点は,被爆者援護法制定時の,政府委員の答弁からも明らかである。
 桝屋委員「この『国の責任において,』と言うことは,まさに基本懇の「広い意味における国家補償の見地に立って」と言うことと全く同じなんだということなのかどうか」
 谷(修)政府委員「・・・広い意味での国家補償の見地ないしは基本懇が言っている考え方そのものについて,別に私どもはもちろんこれを否定するものではございません・・・」。
 援護法の前身たる原爆医療法について,孫振斗最高裁判決は,行政側の主張を排斥して,国家補償的性格があることを明確に認めていた。被爆者援護法が国家補償的性格を有することは,法制定時に政府も認めていた。被爆者援護法が純然たる社会保障法であるかのように描いて,非拠出制の社会保障法の原則について論じる被告らは,議論の前提を偽っている。
 また,被告らの「国家補償的配慮等の抽象的理念のみをもって,被爆者援護法が在外被爆者も適用対象としていると解することはできない」との主張は,原告に対する批判としてはおよそ的をえないものである。
B 「一般の戦争被害者に対する対策との均衡」の問題ではない

 なお,被告らは,最高裁平成9年3月13日判決などを挙げて,いわゆる戦争被害に基づく補償請求について論じている。しかし,本件は,憲法29条3項に基づく補償請求ではない。被告らの引用には何の意味もない。
 また,何をもって,被爆者に対して,他の戦争被害者に対する対策に比し著しい不均衡が生じるというのか。さらに,そもそも,被告らは,「一般の戦争被害者に対する対策と被爆者に対する対策の不均衡」について論じている。しかし,本件で問われているのは,両者の「対策の不均衡」の問題ではない。原告を「被爆者に対する対策」の対象とするかどうかなのである。
 なお,それらと関わりなく,被告らの原告に対する取扱は,全く世論の支持するところではなく,被告らの主張は,およそ「国民的合意」ともかけ離れている。

5 本件において広島地裁判決と同様の結論を採ることはできない

 広島地裁判決は,本件とはまったく異なる争点を設定した,別異の裁判であり,本件と同様の事案として捉えることはできない。広島地裁判決自体が,予備的主張に関する判断の脱漏をはじめ粗雑な論理構成となっており,被告らの主張の正しさを裏付けない。またこの不十分な広島地裁判決の立場に立ってみても,被告らの主張は正当性を欠いている。

(1) 本件は広島地裁判決とは事案が異なる

 被告らは,広島地裁判決を引用しながら,広島地裁判決と同様の結論が採られるべきであると主張する(被告第1準備書面29頁)。
 その前提には,「広島地裁判決は,本件と同じく,在韓被爆者に対する原爆二法等の適用が争われた事案」という認識がある。
 しかし,広島裁判は,戦時中,広島にあった三菱重工の二つの工場に強制連行され,強制労働中に被爆したソウルと京畿道平澤郡出身の元徴用工被爆者46名が原告となり,国と三菱を被告として損害賠償を請求した裁判であった。
 この裁判においては,「(原告が)国民徴用令にもとづき朝鮮半島から日本に強制連行され,当時の三菱重工株式会社において強制労働に従事させられ,また昭和20年8月6日には原子爆弾投下により被災したにもかかわらず,被告らはなんらの救援活動をせず,母国への送還義務も履行しなかったこと。更に被告国は,原告らが受けた原子爆弾被爆被害に対して何らの援護・補償措置をとっていない」ことを問題として,「強制連行による損害賠償請求」「戦後原爆被害放置(立法不作為以外の点)についての損害賠償請求」および「立法不作為を理由とする損害賠償請求」が求められた(判決中,事案の概要の項)。
 他方,被告らが本件で争点にしているのは,「いったん取得された被爆者援護法上の被爆者たる地位が,日本に現在も居住もしなくなったことによって,当然に失われるか,否か」という一点だけである。
 広島裁判と本件では,訴訟で求める内容が根本的に異なるのである。

(2) 広島地裁判決は判断を誤っている

@ 広島地裁判決はいったん被爆者としての地位を得た者について判断していない

 広島裁判では,原告のうちに,被爆者援護法上の被爆者健康手帳を取得した者と取得していない者が両方含まれていたところから,原告らは被爆者法の適用に関して,二種類の主張をしていた。
 すなわち,主位的には,在韓被爆者が韓国内に居住する状態で,被爆者援護法の適用を求め,そして,予備的に,日本に来て被爆者健康手帳の交付を受けた在韓被爆者が日本を出国することにより,右手帳が「失権」扱いされることの違法をも指摘した。にもかかわらず,広島地裁判決は,原告らの予備的主張についての判断をせずに,その判断を脱漏させた。
したがって,この広島地裁判決は本件にとって意味のある判断ではない。

A 広島地裁判決は現代社会では通用しない粗雑な論理である

 広島地裁判決は,「国民の税によって賄われる国の給付を外国居住の外国人が権利として請求できるといった法制度は通常では考え難いのであるから,当該法律がそのようなものであるとするためには明確な根拠を必要とする」といい,被告らもこれを引用する。しかし,この論理は二重に誤っている。
 まず第1に,日本国に居住し,納税義務を負うものは日本国民に限られない。日本社会を構成する在日外国人も含まれるのは常識であり,広島地裁判決は,この日本社会の現実を見ずに,日本社会は日本国民のみによって構成されるという謬論にとらわれている。植民地支配の歴史的経緯を経て,現在もなお日本国籍を取得せず,民族的アイデンティティを保ちながら日本に在住する約65万人の在日韓国・朝鮮人が存在すること,これらの人々が地方選挙権も行使できない状態でありながら税負担をしていることを広島地裁判決は看過している。
 そして第2に,広島地裁判決は,被爆者に対する援護措置が,被爆という特殊な被害を日本で受けた被害者の救済であるという点に関して,全く判断を避けている。

(3) 被告らの主張は広島地裁判決の立場からみても正当性がない

 被告らが広島地裁判決のなかで本件と同じ事案と指摘した,まさにその箇所において,広島地裁判決は,被告らの解釈を否定している。
 すなわち,広島地裁判決は,以下のように述べる。
「当該法令の適用対象者が誰であるかは,それぞれの法律の規定によるのであって,法律の性格論から演繹的に導かれるわけではない。また法治主義を採用している日本国憲法の下では,いかなる場合にいかなる処分をするかは法律によって定められているのであって,行政庁はその法律を誠実に執行する義務がある(憲法73条1号等)から,行政庁が当該法令の適用に際し,その法令の規定を離れて,あるいはその法律が行政庁に委ねた裁量権の範囲を逸脱濫用して当該法令を適用することは許されない」。
 法の明文規定によらずに法の執行,適用は行うことができないという明快な主張である。これは,「被爆者援護補がいかなる範囲の者に対して適用されるかは,明文規定の存否だけではなく,当該法律全体の法構造,立法者意思,法律の性格などから合理的に解釈することを要す」るという被告らの主張と明白に相反している。
 被告らが,広島地裁判決を引用しながら,これに反する主張を行うことは,詭弁というしかない

6 被告ら主張の憲法14条違反

 被告らの主張によれば,「日本社会の構成員」は出国しても手当が受給されるが,「日本社会の構成員」以外は出国すれば手当が受給されない。しかし,法律に何ら定めがなく,到底一義的に明確といえないような「社会構成員」なる概念によって,このような区別を許すなら,恣意と理由のない不平等は不可避である。
 大阪地裁判決は,「日本に居住している被爆者が長期間海外旅行に行く場合と,短期間国外に住居を移す場合との間で不合理な区別をすることになる」(同判決38頁)と指摘した。現在,長崎地方裁判所に係属する原告廣瀬方人の例は,まさにこのような例である。短期間の海外赴任に際して,たまたま転出届を出したために,健康管理手当を打ち切ることには,何の合理性もない(廣瀬は手当が打ち切られていた間,すなわち控訴人によれば「日本社会の構成員」でなかった間も固定資産税を支払い続けていた)。
 あるいは,被告らは,「在外被爆者に対する医療給付は予定されていない」などと主張して,「日本社会の構成員」は出国しても手当が受給されるが,「日本社会の構成員」以外は出国すれば手当が受給されないという,被告らの主張の根拠とする。被告ら主張のように,医療給付の可否を根拠にするのであれば,「日本社会の構成員」であるか否かを問わず,一律に,出国により「被爆者たる地位」を喪失させるべきである。この点で,被告らの主張には矛盾がある。
 しかしその点を措いても,沖縄県の与那国島に住む「被爆者」とソウルや釜山に住む「被爆者」を比べれば,指定医療機関にかかるための困難さは,与那国居住者のほうがはるかに大きい。
与那国島から最も近い指定医療機関は沖縄県石垣島にあるが,与那国島と石垣島を結ぶ航路は,フェリーが1週間に2往復(与那国発は月・木,石垣発が水・土),飛行機は1日1往復(日帰りはできない)である。これに対し,ソウルや釜山から日帰りで日本の指定医療機関にかかることは可能である。
 出国してソウルや釜山に移った「被爆者」に対して手当を打ち切る理由は,ないのである。大阪地裁判決が指摘したとおり,被告らの主張は憲法14条に違反した不合理な差別をもたらすのである。


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